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       『 カルドセプト ―"力"の扉― 』

         「 Mの書簡 」

    お久しぶりです、お元気ですか。
    前のお手紙からずいぶん日数がたってしまいました、ごめんなさい、ご心配をかけたで
   しょうね。
    しばらく、人のいない場所で過ごしていたのです。ようやくそちらへも回る商人さんと
   出会えて、この手紙をお預けすることができました。
    確かにあなたのお手元に届くよう、念じるばかりですが。

    私は、元気で過ごしてます。今いる場所は例によって書けないのだけれど。それに旅の
   途中でもありますから、あなたにこのお手紙を読んでもらえる頃には、いったいどこの道の
   上を歩いているものやら、自分でさえ見当もつかないんです。
    それはさておき、まずは大事なご報告をしないと。
    ずっと探していた魔術を教えてくださる先生を、ようやく見つけることができました。
   今は一緒に旅をしながら、毎日いろいろなことを教わっています。
    この先生は男の人です。ずいぶん長いこと生きている方のようですが、見た目の感じは、
   あなたよりも少し若いぐらいかしら。
    その人は、口ぶりには偉ぶった所がありますが、魔術についての知識がたくさんあって、
   いつもわかりやすく教えてくれます。ムダを嫌い、修行の時にはとても厳しいのですが、
   私の言い分もちゃんと聞いてくれる人です。
    たまには聞きたくなさそうな顔をしていることもあるけれど、それでも、耳には入れて
   いてくれます。根がまじめで、私のからだにはなるたけ触れないようにいつもとても気を
   使ってくださってます。信頼できる方なんですよ、だから安心してください。
    でも、そのせいかこの頃は、先生につい甘えたくなったり、ワガママを言いそうになって
   しまうことがあります。あなたが側に居てくれた時、あなたによくそうしてたように。
    いけませんよね、自重しないと。
    先生は、あなたとは違う人なんだから。

    今は毎日毎日が、新しい発見や驚きの連続です。先生に付いて魔術のことがわかるよう
   になったら、この世界を違った目で見ることができるようになりました。
    世界は、今見えている世界がこのように在る仕組みは、とても複雑で、それでいてスッキリ
   と美しいところもあって、不思議だらけで知りたいことがいっぱいでドキドキします。
    世界を動かしている仕組みを知ればそれだけ、魔術のこともわかるようになるんですよ。
   隠れている秘密の箱を探し出しては、ひとつひとつ宝を見つけてゆくようなんです。生きて、
   見て、歩いて、さわって、感じるだけ確かに手に入れることができる―こんなに気持ちが
   ワクワクする日々は、あのまま街に閉じ込められていたら永久に望むことさえできなかった
   でしょう。
    私は、自分の運命に感謝しています。

    そうそう、空も飛べるようになったんですよ、私。
    先生に教わった通りにやってみたら、ちゃんと風に乗って浮かびました。
    あの素晴らしい感覚!なんと言ったら想像してもらえるでしょう。
    空からの広い広い眺め、耳元で鳴る風の音、走る時とは比べものにならない速さ―もう、
   自分のからだも感じ方もぐんぐんと大きく鋭くなるようで、初めて飛んだ時には嬉しさの
   あまり有頂天になって、何でもできるんだって気になりました。
    でも、そんなことはやっぱり心得違いです。
    何でもできるわけじゃない、どうしても人にはできないことがあるし、自分であれこれ
   考えに考えながら、仮の答えを探すしかないこともたくさんあります。
    できることが増えた分だけ、できないことのあるのがひどく辛くも感じられますし。
    「人は世界の一部でしかない、世界が人のためにあるわけじゃない」
    先生はそうおっしゃいました。「できることとできないことを見極めて考えろ」とも。
    それは、私が自分にどうしてもできないことにぶつかって、打ちのめされそうになった
   時の言葉でした。
    先生が伝えたかったのは、「人は世界の一部なのだから、世界を動かす仕組みの法則を
   曲げることはできない」―ということだろうと思います。なぐさめや励ましじゃない厳しい事実
   ですが、その時の私には必要な言葉でした。
    おかげで、何とか立ち直ることができましたから。
    今は一人じゃないから、そうして助けてもらったり支えてもらったりしながら、少しずつでも
   先に進んで行けます。
    でも、本当は先生にも、私の先生にも、昔々に何かとても辛いことがあった様子なんです。
   もうずいぶん長い年月が経ったはずなのに、その記憶にだけは、今も触れることができません。
   私はもちろんのこと、先生ご自身さえもが。
    いつもは強面(こわおもて)で偉ぶっているけど、本当は傷つきやすい人なんだと思います。
   だからいつか―いつか私も、先生を助けたり支えたりできるようになりたい。最近はよく、
   そんなことを考えます。
    まだまだ半人前だから、もっとしっかり勉強して修行も積まなくっちゃ。
    そう、もっと見たい、もっと知りたい、世界のことを、世界を動かす仕組みのことを、
   そこで生きてる私たち皆(みんな)のことを。
    確かに手の内に掴(つか)み取りたいんです。
    そうして、先生のことも知りたい。私の先生がどういう人なのかを、もっともっとハッキリと
   確かめたい。
    あの人のことを丸ごとわかるようになるのが、世界に近づくための一番大切な通り道だ
   という気がします。
    どうしてそう感じるのかは、よくわからないのですが。
    変な言い回しですよね、でも、そう思えて仕方がないんです。
    どうしてなんだろう。

    ああ、お伝えしたいことはまだまだ山のようにあるというのに、もう紙がほんの少ししか
   残ってません。また機会を見つけて、必ずお手紙書きますね。
    どうぞ、どうぞお元気で。
    おからだをお大切にお過ごしください。遠い空の下から、いつも想ってます。

                                           あなたの、旅の鳥より

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