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      『カルドセプト ―"力"の扉―』 


         「 モノ食フコトハ 」

      焚き火の跡を掘り起こし、泥を塗りつけた塊(かたまり)を取り出す。
      乾いた表面の泥を割り、その下の紙を破れば
      ふわり 立ち昇る白い湯気、甘い肉の匂い。
      のぞく黄色は鳥の脂(あぶら)。
      少女はフウフウと息を吹きかけながら、
      器用にさばき、手指で割り裂(さ)く。
      たちまち皿に盛り上がる、ふっくら蒸された鳥の肉。


      「はい、どうぞ」
      少し心配そうな顔して差し出した。


      この山鳥は厳しい冬に耐え
      ようやく訪れた春を楽しむ暇(いとま)もなく
      今ここに 肉と変わって食される。
      ゆっくりと噛む。噛みしめる。
      しみ出す滋味を あじわう。
      ノドの奥へと飲み下せば、
      おだやかに 胃の腑(ふ)に落ち着く。


      「良かった…」
      ほころぶ、口元。


      噛みしめ、味わい、飲み込む。
      噛みしめ、味わい、飲み込む。
      食えば身体が入れ替わる。
      血となり、肉となり、骨となり、
      新たにつくられ入れ替わって、山鳥は
      この身体へと変わり、
      やがて、春の陽(ひ)を浴びる。
      血となれ、肉となれ、骨となれ、
      食って身体を入れ替える。
      入れ替わり、つながり、続いてゆく。

      知ってはいても、
      自覚できない間は、
      知らなかったのと同じこと。


      「私も食べようっと」
      少女の指が肉をつまみ、口に運ぶ。
      まだほのかに湯気の立つ、白い肉を
      彼女もまた
      噛みしめ、味わい、飲み込む。
      唇が動き、ほほが動き、ノドが動く。
      「おいしいね」
      鮮やかに、ほほ笑む。


       ここにある この「奇蹟」。
      眠り、起き、歩き、食べて、また眠る。
      生きている、共に、ここに在る。
      共に在り、ゆえに世界は廻(めぐ)る。


      憎み、壊してしまうのはたやすいことだ。
      それが「奇蹟」と知らなければ。
      その「奇蹟」を「美しい」と認めなければ。
      失えば 二度と戻らぬからこその「奇蹟」と
      気づくことがなければ。


      「おいしい?」


      とび色の瞳が、こちらをうかがい見る。
      返事する代わりに 空を見上げるフリをする。
      抑え難くわきあがる何かが こぼれ落ちてしまわないように。
      そして
      目眩(くら)むほどに押し寄せてくる世界の色と形とを
      確かに 受け止めるために。

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