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      「 ある夜の出来事 」 (2005年 7月11日)

    その夜、ふと目が覚めると枕もとのふすまが揺れていた。
    カタカタ、カタカタ、かすかな音を立てる小刻みの震え。
    家の猫はいつもこのようにして、爪でふすまを開ける。
    だが、当の彼は今、私の布団の足先で丸くなって寝ていた。
    この家はけっこうなボロ家ではあるが、さすがにふすまを
   揺らすほどの隙間風は吹き込まない。

    グロウライトのぼんやりした明かりの下、じっとして
   揺れるふすまを見つめる。細く細く開きかけた、暗い狭まりの先。
    私の猫は眠っている、ピクとも耳を動かさないまま。
   怖いものなど知らぬ、とでも言いたげに。

    恐ろしさは感じない、ただ不思議だけが巡る。
    これは何、これは何、ふすまを揺らすのは、誰。
    やがて音は止み、ふすまは動かなくなった。
    そっと開けて窺うが、何も無い。

    そして数年がたったある夜、皆が寝ている間に
   家族が一人、亡くなった。
    「おやすみ」と言って寝たまま、朝には冷たくなっていた。

    そのことをきっかけに、私たちはその家から引っ越した。
   しばらくして、家は取り壊された。

    新しい家でも私の猫はつつがなく、夜毎私の足先で眠る。
   この家のふすまはまだ、夜中に動き出したことは、ない。



    ※これはサイト『じんべえ』に投稿した短編です。

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