戻る

      『カルドセプト ―"力"の扉―』 


         「 ある覇者の願い 」


        ようやく、"君"に逢えた。

        ここに至るまでにどれだけの時を必要としただろう、 今のわたしの感覚をもってしても、
       もう確かに数えることはできない。
        けれども、わたしは"君"に逢うことができた。
        生まれ、育ち、当たり前の日々を過ごしてゆく君を、この世界に偏在するわたしが見ている。

        見続けている。


        わたしは、同じ"はじまり"を願った。
        君が再び生まれ出るまで、全てが違(たが)わぬ世界であるように――そう、望んだ。


        長い長い刻(とき)を待った、ひたすら待ち続けた。
       「存在」を脱しなければ耐え得ない、悠久を、久遠をただに待った。
        待っていた。そうして、ついに君が現われた。
        かつてわたしが知っていた、同じ君が。

        君はやはり生まれながらの負担を持ち、しかし周囲の人々からは温かく愛されて、
       すこやかに成長してゆく。
        めぐりめぐる陽と月、その光が交互に君を照らす。

        赤子から幼児に、幼児から少女に、さらに思春期の少女へと。
        背丈伸び髪やわらかにもうるわしく、君はいつしか初めてわたしが出会った頃の
       君へと変貌している。



        だが、
        この世界で君と出会うのはわたしではない。
        君の傍には今、別の男が立ってやさしくその肩を抱いている。
        全てが同じ世界のたった一つの例外、
        わたしだけが、元から"ここ"には居ない。


        ――多くの罪を犯した果てに"覇者"となったわたしは、再び人として君と逢うべきではない――
        君の魂とカルドセプトの盟約とを汚さぬために、自ら決めた。わたしは見守るだけでいい、
       それ以上は望まぬ、と。


        ああ、わたしではない者と出会い、愛し合う君は、それゆえにこそかつてとは"別の"
       運命を歩んでゆく。
        理不尽な死に追いやられることなく、子を産み、育て、ささやかな、だからこそ得がたい
       幸せの中で少しずつ歳を重ね、次第に老いてゆく。

        わたしは見る、大勢の孫に囲まれて笑う、皺を刻んだ媼(おうな)の顔を。
        共に老いて、さらに仲睦まじい君とその伴侶の、ひたと握り合わされた手と手を。

        やがて君は惜しまれつつ息をひきとり、丁重に送られ、葬られてその身は土に還る。
        わたしは静かに事実を受け入れ、そしてようやく真の「神」となる。
        「神」であることの意味を知る。


        "わたしの息は風と吹き、情が動けば水に波寄る。
        燃ゆる思いの火を抱いて、身体たる地に万物を生ぜしめる。"


        愛している、君を。
        愛している、君を生み育んだ世界を、
        その全てを。

        君がこの世界からいなくなってもずっと、
        ずっと、永遠に揺らぐことなく。



戻る