今回は当館の企画「猫川柳」への投稿句を掲載いたします。管理人の都合でご紹介までに
時間がかかってしまいましたが、素敵な句を寄せていただきました。どうもありがとうございます。
各句は○作者の談 ○管理人の感想 ○鑑賞ポイント の三点を挙げてご紹介いたします。
「 夏の朝 痩せた鼠が玄関に 」(橋野さん投稿句)
○作者の談
「昨年の夏なんですが、野良猫に餌をやったところ翌日の朝、玄関にぐったりしたネズミ
が置いてありました。
あれには『猫も律儀なんだなー』と、感心してしまいました」
○管理人の感想
いい話ですね。ネコはよくイヌに比べて「人に恩義を感じない動物」と思われがちですが
決してそんなことはありません。誰が自分にやさしくしてくれるかをよ〜くわかっていて、
ちゃんと「お返し」をしてくれます。
動物にとっての最大の関心事は間違いなく「食べ物」ですが、貴重な獲物をわざわざ持って
来てくれたのですから、ネコもよほど嬉しかったのでしょうね。
○鑑賞ポイント
何と言っても「痩せた鼠」でしょう。ネコ科のような狩りに特化した動物でも、獲物を捕まえ
るのはあれでなかなか大変なことなのです。「痩せた」の一語にこのネコの必死さ、健気さが
じんわりとにじんで、恩返し系昔話の一場面のような情景が浮かんできます。
「 落ち蝉を 猫ひっさらう 夜半の坂 」(森陽さん投稿句)
○作者の談
「実際に見た光景です。獲物を獲る時の猫はこの上なく美しいです。やわらかくて甘えん
坊な姿が、急に神秘的になります」
○管理人の感想
セミはあまり器用な虫ではないようで、飛んだはいいけれど何かにぶつかって落っこちて
しまい、地上でジタバタしている姿をけっこう見かけます。そんなところをネコに見つかれ
ば万事休す、ササッと取り押さえられてしまいますね、光景が見えるようです。
獲物を捕まえる際のネコの素早さは人の比ではなく、本当に「アッ」という間に事が済んで
しまいます。句作でもこの速度をどのように表現するかが重要でしょう。
○鑑賞ポイント
「落ち蝉」に夏の終わりの寂しさを感じる一方で、「ひっさらう」の語感からネコの狩りの
素早さ、肉食獣の獰猛さが印象付けられます。それを「夜半の坂」のシンとした情感で締める
…川柳というより俳句に近い、シャープな切れ味と余韻を持った感覚だと思います。
「 しなだれる この娘(こ)をどかす 術(すべ)もなし 」(JINさん投稿句)
○作者の談
「どっちかというと犬派の私ですが、猫さんは何故か寄ってきます。追えば逃げる逃げれ
ば追う、ってのがきまぐれさんのチャームポイントかも、ですねえ」
○管理人の感想
人に甘えてヒザに乗ってくる時のネコときたら、「二ィヤア〜ン〜(さみしいの〜)」と啼いて
柔らかく体をすり寄せ、目いっぱいの媚態を見せてくれるものです。爪も牙もある生き物とは
思えないかわいらしさ、まさに「猫を被る」とはこのこと(笑)。そんな姿を見せられてついつい
ヒザに乗せてしまうと、さも嬉しそうに気持ち良さげに丸くなったりして、用事ができてもネコ
を下ろして立つことが難しくなってしまいますね。そんな場面がネコの体温と共に思い出されます。
○鑑賞ポイント
「しなだれる この娘」がいいですね、この一語がネコのしなやかな身体と動作の連想を呼び
ます。しかもそれが「娘(女の子)」であることでしなやかさがさらに強調され、コケティッシュな魅力
をも帯びてきます。そして結句の「術もなし」に、男性である作者の"お手上げ状態"がほの見える
仕組みとなっているのです。
「 野良猫に ガンつけられて 道ゆずり 」(いおりんさん投稿句)
○作者の談
「この前、上記の事態が家の前で勃発してみました。近所を縄張りにしている通常より二ま
わりほど大きなボス猫だったんです……異常に目つきの悪い……霊長類負けてみました」
○管理人の感想
「動物行動学の父」コンラート・ローレンツ氏の観察によると、サル類はイヌのことは軽蔑
するものの、ネコには「ひそかな恐れを抱いている」のだそうです。樹上生活を主とするサル
の天敵は、木登りをする大型ネコ類。遺伝子に刷り込まれた恐怖感が小さなイエネコにも敵の
面影を見出すようで。だから、もとはサルの人間が野良猫にニラまれて道をゆずってしまった
としても仕方がないのかもしれません(笑)。
○鑑賞ポイント
情景をストレートに詠み込んだ、勢いのある句だと思います。野良猫が「ガンつけ」てくると
いう部分でネコのふてぶてしい表情や態度が浮かび、それを前にした人間が思わず「道ゆずり」
をしてしまうおかしさ。
"小が大を退ける"逆転の構図に、川柳ならではの諧謔味があふれています。
素晴らしい句のご投稿、どうもありがとうございました。各作者の皆さまには重ねて厚く御礼
をば申し上げます。