「 魔法で病気は治せるのか? 」 (7月17日)

    私は今、「魔法」の存在する世界の物語を描くことに取り組んでいる。そのため、自分
   の日常のひとコマであっても「魔法を使えばどのようなことが起こり得るか?」と考えず
   にはいられない体質と化してしまっている(また、そうして考えることをきっかけに各種
   設定は作られてゆく)。
    家族や自分が病気に罹った場合も同様、「さて、魔法で病(やまい)は治せるのだろうか?」
   と、この問題については構想のかなり早い段階であれこれ考えた。その結果、自分の物語
   の中では「魔法単独では治せない」案を採用することにした。

    「魔法で病気は治せるのか?」――問いそのものは簡単に見えるが、これは意外に奥深い
   根拠を必要とする問題である。なにしろその背景には、「魔法」という特殊な力のシステムと
   「自己治癒」という生き物の生体システムとの関わりあい方が聳え立っているのだから。
    というわけで、今回は私がどうして「魔法(呪文)で病は治せない」設定を採ることにしたの
   か、その理由を縷々ご説明しようと思う。

    1)人はなぜ病気になるのか?

    「病」とは、一言で言えば「生き物の身体が正常な生体活動を行っていない状態」である。
   摂るべきものを摂り出すべきものを出して全身の体細胞を常に新鮮な状態に保つ――ことが
   正常な生体活動であることは、理科の「生物」にて教わった通り。しかし何らかの原因で
   体内の様々な「循環」や「伝達」の機能が損なわれると、生き物の身体はバランスを崩して
   不調を表わす。この状態が「病気」である。

    「病気」が身体のどこかが損傷された「ケガ」と決定的に違うのは、あくまで生体内部の
   「システムの乱れ」から全てが始まることだろう。「ケガ」は外部からやってくる(細胞の
   外から、と言い換えてもいい)ものだが、「病気」は内部で引き起こされる。
    だが多くのファンタジーで採用されている「治癒系呪文」の効果は、生き物の身体が自ら
   治癒する力を高めることでキズの回復を飛躍的に高める――という発現の仕方をする。この理屈
   から推すと、治癒系呪文は「(生体の自己治癒)システムの強化」をするだけで「システムの調整」
   をするわけではない。

    そして、私達の現実問題でもしばしばそうであるのだが、「強化」と「調整」では後者の方が
   断然、面倒くさくて難しい。というのも、「調整」は常にケース・バイ・ケースで「一律に効果的」
   な解決方法など無いからである。
    だとすれば、ひとつの呪文が一律の効果しか現さない(と考えられる)魔法では、病気治療は
   「できない」とするほうが虚構内現実としても「リアル」だろう。

    2)病原体に「呪文効果」はどう作用するのか?

    私が以前『スレイヤーズ!』(著:神坂ー氏)を読んだ際にも、「魔法で病気は治せない」との
   記述が出て来た。

    「病気は人間の体内に病原体(本文中では"ばいきん"と表記されていた)なる微細な生物が
   入ることで引き起こされる。そのため病気の人に治癒呪文をかけると、人間の体だけでなくその
   体内の病原体までもを活性化させてしまい、大変マズい事態になる」
    ――要約して書くと上記の理屈。さらに事例として、主人公リナ・インバースが風邪をひいた
   姉に憶えたばかりの治癒呪文をほどこし、かえって病態を悪化させたという逸話が紹介されている。
    うん、解説として「満点」だな、さすが「設定好き」を自称する作者だけのことはある、とこの時
   はいたく感心したものだ。

    このように感染症(病原体となる菌やウイルスなどの"微生物"が体内に進入し繁殖することで
   引き起こされる病気の症状)の場合であると、「病に治癒呪文をかける愚」はさらにハッキリする。
   『カルドセプト』の場合であれば「キュアー」「ライフストリーム」がこれに当たるだろうが、どう
   考えても病原体まで"元気"になるのでは「治療」にならないだろう。

    3)「呪文効果」は「抗生物質」の代役を果たせるのか?

    さて、それでは現代の私達の医学は病原体をどう"始末"しているのかというと、普通には
   「抗生物質」を使ってこれにあたっている。
    「抗生物質」とは、特定の微生物が他の微生物を攻撃するために作り出す化学物質のこと
   (青カビから発見された「ペニシリン」が最も有名)。

    「なんだ、だったらその抗生物質と同じ効果を現す呪文があればいいじゃん」
    そう言いたくもなるが、しかし話はそんなに単純じゃない。抗生物質そのものは効力のある
   間に(血流などで)体内の隅々まで運ばれて病原体に届くのだが、そのシステム及び働きの
   全てを呪文効果で代用するとなると、難しい問題が百出する。
    「効果発現の目標をどこに設定するのか?」「各種病原体によって異なる抗生物質の種類の
   分だけ、呪文の数も必要なのではないのか?」「"失敗"した場合、患者はどうなるのか?」
   等々……(ああ、めんどくさい)。

    結局のところ、魔法で医療をするのであっても施術者側としては、人体内部の仕組みやら病気の
   発症から沈静までのメカニズムやらの豊富な医学知識が必要となるだろう。おとぎ話やゲームの
   お約束の中ならばともかく、現実問題として考えれば決してそんな"簡単"にはゆきそうにない。

    4)当館物語内の「ルール」について

    ――ただまあ、あまり難しく考えても身動きがとれなくなるきらいはあり、また物語のリアルは
   虚構(ウソ)の中に適度に混ぜられた現実性によって担保されるのであってみれば、呪文と身体
   と治療との関係は大まかなルールを作れば対応できるものと、私は考えている。

    『"力"の扉』におけるルール
    ・呪文効果は直接には病気を治せない。
    ・呪文効果でケガの治療をしても、身体が受けたショック症状までは癒すことができない。
    ・「毒」の治療は糜爛(ただれ)性毒の場合は「キュアー」、神経性毒なら「リカバー」
     あるいは「クリアランス」にて行う。

    今のところはこんな感じ。
    しかし……こうしてあらためて振り返ってみると「呪文を万能にはしないぞ!」という意識に
    満ち満ちてる。"何者か"への「反感」が透けて見えるよなあ、自分(苦笑)。



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