「 時間をあやつれ――物語内の"時間"について 」 (5月20日)

    (※5話・7話・8話の"ネタバレ"あります、未だお読みでない方はご注意ください)

    「物語を書く」上での備忘録、今回は「時間」がお題。

    通常の場合、一編の物語中には大概ひとつながりの時間が流れている。それは現実界と
   同じく、過去から現在を経て未来へと続いてゆく(原則として)不化逆な、一方通行の流れ
   として、綴られる物語の背後に存在する。
    そして「時間がたつ」とは「物や事が変化する」ことでもある(私の高校時、物理教師が
   そう解説してくれていたく感銘を受けた)。
    「時」があり、変化が生まれるからこそ語るに足る事柄も起きるのではないか。また、
   たとえ同じ出来事であっても、それが昼に起きるのと夜に起きるのとでは"意味が違う"
   ないしは"インパクトの度合いが異なる"ケースも多々あるはずだ。
    ゆえに、フィクションであれノンフィクションであれ物語を書く以上は、その内に自ずと
   在る「時間の流れ」に敏感でなければならないだろう(※注1)。

    当館の連載読み物である『"力"の扉』内でも、「時間」がかなり重要な役割を担うシーン
   がいくつかある。

    例えば、「巡礼」の後半〜終盤にかけて。リオ少年の野辺の送りをすませた後、ゼネスと
   マヤの師弟がルツ女終焉の地で書記官の亡霊に会う場面はやはり、深夜を措いて他にない。
   そこで同話の後半部分の時間は全て、このシーンを基準にして調整してある。
    ルツ女の真の言葉が明かされると亡霊は去り、夜が明ける。そして新たな光の中、海上を
   西へと飛ぶ師弟。――すでに前半にて示した"衝撃の事実"と合わせ、「巡礼」が一編中の
   「転回点」であることをできるだけ印象付けてみたつもりである。

    また「緋の裳裾」では、ユウリイ×ロォワンの決闘の場面と魔王の登場場面との間で時間
   をどうやりくりするべきか、かなり頭を悩ませた。

    二人の"決闘"が行われるのは「早朝」、魔王(火の魔王)が現れるのは「夜」。どちらも
   絶対に動かせない時間帯だ(決闘は他の村人に気取られないうちに行われる必要があるし、
   火の魔王に至っては、何と言おうと暗闇をバックにしなければ劫火そのものの姿が映えまい)。
    しかし……早朝の決闘をどう頑張っても午後にまで引っ張れるはずもなく、かといって夜
   になるまで村人たちがユウリィ姉弟を放っておいてくれるとも考え難い。う〜むむこの間の
   時間稼ぎ(こじつけとも呼ぶな)を何としよう?――などとしばらく七転八倒。
    だが、そうこうするうち……ある"ひらめき"が。
    『魔王が出るだけで"夜"になればいいんでね?
     だって"王さま"なんだもん、たった一体出現するだけで全世界に影響を及ぼすほどの
    クリーチャーなんだもの、呼び出す際には空がみるみる暗くなったって不思議でも何でも
    ないんじゃね?……いいねいいね、その案でGO!』
    とまあ、かくして「魔王を召喚する際には昼でも空が暗くなる」との設定を(急遽)作成。
   結果、舞台効果としてもそれなりの演出になった気がする(のは作者だけかもしれないが)。

    それから、これは最初から意図的に巧んだ措置なのだが、「公子」(5)の公子視点とゼネス
   視点(主人公側、こちらが本文)が交互に出てくるところでは、実は公子側の時間が本文の
   それとは微妙にズレている。

    『おはようございます』で始まる文と次の文(公子の日常生活のひとコマ)とは、ゼネスと
   マヤの師弟が荘園を訪れるより"以前の"シーン。その後のマヤへの述懐は最初の出会い、
   さらに進んで泣き伏すマヤをなぐさめる会話部分に至り、ようやく本文の時間と一致する。
    登場シーンの限られる公子・アドルフォの印象を強く、その内面(※注2)をはっきりと打ち
   出すためにこんな工夫をしてみた。

    読者の皆さまに十分に読み取っていただけたのか否か……心配は尽きないけれど、今後も
   同様の試みは続けてゆきたい。「実験」のないところには「進歩」もないと思っているので。




    注1)  作中の時間をあえて「連続させない」目論見は読者を混乱させる恐れはある
       ものの、うまくハマれば物語そのものを立体的・多層的に感じさせる効果をもたらす。
        実は『"力"の扉』の「独白」シリーズがこの試みを具現化した作品……のつもり。
       「独白」と題しつつ全ては師匠に対する弟子の密かな「応答」でもあるこれらが、
       本文の時間の何処に当てはまるのか。考えながらお読みいただければ作者としては
       幸甚の極みの次第。

    注2) ※↓諸般の事情によりドラッグにてどうぞ。
        ネタバレを覚悟で言えば、それは「ともすれば狂気に傾きかねない繊細さ」である。



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