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       第13話 「 壮士の剣 」 (4)


    『嘘をついた……』
    山道の先を見据えて上りながら、ゼネスの意識はしかし上ではなく自らの内側を向いて
   いた。
    『罠かどうかじゃない、万が一の事態に至ってマヤが奴と対峙することを怖れているん
    だ、俺は』
    自分が追っている者が何なのかは、彼にはすでにはっきりしている。だからこそ弟子に
   は語りたくないし知られたくもない。だが、
    「あいつ、いやに大人しく引き下がって残ったな。もしかして何か感づいているのか」
    普段とは多少異なる弟子の態度を思い、ふと疑念がきざした。が、頭を振った。
    「雑念だ」
    口に唱え、あえて自らに聞かせる。
    「今は追うことにだけ専念しろ」
    闇に沈む藪の先に竜眼をこらし、歩いた。
    陽は落ちて月も星も雨雲に隠され、山の道は夜に塗り込められてひたすらに暗い。そぼ
   降る水の匂いと濡れた落ち葉の匂いとが、混じり合って身体にまとわりついてくる。この
   状況下で人を追うなど、常人には考えられないことだ。しかしゼネス(というか、彼の竜
   眼)ならば可能であった。彼は今、目先の地面に神経を集中させていた。落ち葉の乱れ具
   合、石くれの動いた形跡、ぬかるみの泥の表情、それらを見出してはたどっていた。
    「ふう」
    山の中腹、と思しき地点まで上り、太い息をひとつ吐いた時だった。
    それは、来た。
    ヴンッ――
    「!!」
    身をひねりざま跳ぶ、右側の藪下に転げ込んだ、起き上がる暇はない。
    ヴンッ――
    すぐさま追ってきた、風が唸り藪ごと断つ。間一髪避け得た、止まらず転がり続ける、
   そのまま斜面を落ちるように下った、それでも追撃はほとばしる勢いで迫る。
    「ズザザッ」
    しかし急に音たてて止んだ。
    『落ち葉の下の泥に滑ったな』
    その間に跳ね起き、腰の短剣を抜いて構えた。一瞬の後、相手も立ち上がった。ようや
   く顔が判別できる。
    果たして、例の男であった。
    『やはり、罠だったか』
    それなら女もどこかにいるはずだ……と周囲に目を走らせる、よりも先に突っ込んできた、
    ヴンッ――
    唸るのは刀、片刃の剣、見えたが遅れた、構えが取れない、とっさにまた跳び下がり、
   下がりざまつかんだ手近な枝先をたわめ、離す。
    バシッ!
    枝が弾け、突っ込んできた顔を打った。が、ものともせず殺到する、斜めの、袈裟がけの
   斬撃が来た、辛うじてかわす、すぐ次が来る。振りは大きい、だが速い、構えの隙さえ許
   さず雨霰と降る、降ってくる。
    「これは」
    覚悟を決め、女のことは意識から追った。集中しなければやられる。
    『速い』
    男の動きが速い、踏み込み、剣の振り、体の戻し、いずれもあのウェイ老さえしのぐ、
   速すぎる。しかも、
    『こいつ、剣気が無い』
    ウェイ老との対戦を通じ、ゼネスは相手の剣の気を見る感覚を得ていた。今ももちろん、
   その感覚を投入している。にもかかわらず、見えない、何も捉えることができない。
    『獣か、死者だ、まるで』
    ドッと背に冷えた汗が噴いた。
    ヒュッッッ!    ガッッッ!
    受けた、全身をひとつにしてようやく。だがこれは始まりに過ぎず。
    奔る、唸る、受ける、受ける、突っ込む、斬る、躱す、躱す、振る、横跳びする――――
   竜眼の力は闇夜でも体温ある相手を「見る」ことができる。しかし今はその相手の速度が
   識別を上回っていた。はっきりしない像はかえって邪魔だ、ゼネスはあえて目を閉じた。
   見えぬなら聞け、目以外の感覚でつかみ取れ。
    頭を切り替え、刃風の唸り音に絞り込んだ。刃が奔る、風が唸る、その風に向かう、風
   を止める、あるいは躱す。
    「ガツッ!」
    受けた、瞬時、両腕に巨大な力がかかる。だがこれはすでに慣れ親しんだ経験だ。
    「イィヤァァァ!」
    肚の底から発し、力ごと跳ね返した。相手が初めて退(すさ)った、だがすぐさま風は
   猛然、吹き返してくる。
    ヒュッッッ!
    これは「突き」だ、頭を振る、最小限に動く、反応に専心した、風を聞き分け備える。
   受け、受け、受けて止め、躱し続ける。暗闇の戦いだった、見えない剣が超高速で斬りか
   かり突いて来る、来る、来る。
    「…………」
    考える、という間はない。ただ反応する、し続ける。受ける、受ける、躱す、受ける、
   跳ぶ、退る、躱す、しかし、
    『このままでは……』
    次第に感じてはいた、肉体が。必要なのは「返す」こと、受けて止めるだけではなく。
   でなければいずれジリ貧になる。
    目は閉じたまま、絞っていた感覚を戻しはじめた。感覚の間口を少しずつ広げてゆく、
   雨音、大気の匂い、ぶつかる小枝、足の下に踏む落ち葉、いったんは切り離した官能を
   解放し、情報をひとつ、ひとつ拾いあげ集める。
    『……ん?』
    ついに、「違う」感触を得た。左の足の下、下がった際に踏んだ地面、わずかながら
   異様な沈み込みが。
    キンッ!
    受けた、ものを跳ね返して右の足も伸ばし、その場所をさぐる。やはり沈む、他より
   深く。
    「よし」
    脚に力を込めた。大きく後方に跳び、誘う。男が突っ込んできた、その瞬間を見計ら
   い「ドン!」思い切りよく地を踏みつける。
    ドザザザザザァァァッ!!
    突然、落ち込んだ。足元から二人の周囲がもろとも、音たてて崩れ落ちる。土が石が
   流れて足が浮き、体がかしいで落ちた、地面の下に空洞があったのだ。このことを予期
   していたゼネスは落ちながらも腕を伸ばし、手に触れた細い紐のような物をつかみ得た、
   落下が止まる。土だらけになりながらも、彼は無事に済んだ。
    やがて土砂の落ち込みはおさまり、ゼネスは穴のふちにしがみつく我が姿を見出した。
   彼は地中から突き出た木の根にしがみついていた。
    「奴は?」
    おもむろに見下ろしてうかがう。大きく空いた穴の底、土砂にまみれてうごめく何者
   かが一名。彼はまさかに足元に穴が空くなどとは想像もしていなかったのだろう、用意
   もないまま落下し、体を半分がた土砂に埋もれさせてもがいていた。すぐさまその傍に
   飛び降り、首すじを打つ。
    相手は声もなく昏倒した。止まった、ようやく止めるを得た。
    「ふぅ……」
    嘆息し、手の甲を額に当てた。次いで落ちた穴を見上げる。その深さ、大の男がいっ
   ぱいに腕を伸ばしてもなお上までは届かない。
    「獣を狩る落とし穴だな、獲物は熊は猪か……」
    山中も人里近い場所では、まれにだがこのような罠が仕掛けられていることがある。
   戦いながらもたまたま、そこに差しかかったのは、
    「運が良かった、本当に」
    思わず、あらためて深い息を吐いた。それほどの強敵であった。
    「速かった、凄まじく」
    思い返す、先ほどまでの戦闘を。とにかく、速かった。対応を考えていたら間に合わ
   ない、言わば相手の思考を奪う剣だ。ウェイ老(相手の意識に入り込む剣)とは実に対
   照的な。
    「……そうか、そういうことか」
    腑に落ちた、ようやく。
    「己れを刃(やいば)と成すなかれ」――かの剣聖はそう言った。しかして、心身共に
   刃と化した究極の姿がこの男なのだ。
    「空っぽだ、こいつは。斬ることの他に何も無い」
    道理で、剣気が見えないはずではあった。剣に込めるべき「私」さえもが見失われて
   抜け落ちているのでは。
    「無私の剣、それゆえの速さ、か。同じだ……まるで同じだ、かつての」
    そこまで考えて頭を強く振り、思考を止めた。穴の底に横たわる男を見下ろし、じっく
   りと観察してみる。
    男の服装は、ここまで尾行する間に見慣れた旅ごしらえのままだった。そして、よく見
   ればその手に握りしめられたものが。
    「カードか」
    静かにしゃがみ、のぞき込んだ。土にまみれてはいるが、れっきとしたカルドセプトの
   カードに間違いない。彼が使っていた剣がこのカードだったのだろう。ゼネスは注意深く
   手を伸べ、それに触れてみた。
    ちらっ、と一瞬、脳裏にイメージが浮いた。暗い銀に輝く片刃の剣、しかし、
    「む……何だ?」
    その像はすぐさまかき消された。霧散してつかめなくなる。
    「カードの力にうまくアクセスできない、こいつ確かに気絶しているはずだが」
    通常、カルドセプトのカードはその所持者の意識とリンクしている。というか、己れの
   の意識が特定のカードと繋がりを持っている者をそのカードの所持者と呼ぶ。ゆえに、
   所持者のあるカードは他セプターがみだりにアクセスすることはできない、それがカード
   とセプターの盟約のひとつである。
    ただし、以上はあくまで所持者の意識がはっきりしている場合であって、現在のこの男
   のように意識を失った状態であれば、その手に握られていようと他セプターが触れれば力
   は見えるはずであった。
    いぶかしみつつ、再度カードに指を伸ばした、その時だった。
    「――触らないで!」
    突如、頭上から降ってきた。厳しい声、女の声が。
    慌てて見上げる、不覚にも全く気づけなかった……はともかく、視線がぶつかった、目よ
   りも高い穴のふちに立って見下ろしてくる女、例の薬屋。顔の下半分は布で覆い隠しては
   いるが、それぐらいは判別できる。
    「その人から離れて、早く……生きてるんでしょうね?」
    彼女の手にはボウガンが握られていた。弓のつるはすでに引き絞られ、発射を待つばか
   りである。ゼネスには大いに不利な状況だ。
    「生きている、大した怪我もない、気を失っているだけだ」
    そろそろと足を運び、指示通りに男から離れた。
    「聞いてくれ、俺がここを歩いていたらいきなりこの男が斬りかかってきたのだ、それ
    で防いでいるうちに二人して熊の落とし罠に落ちた。全く閉口している」
    頭の上の顔を見返し、語りかけた。嘘が通じるか否かは不明だが、どうせ不利ならやる
   だけのことはやっておくべきだ。
    「ということで、その物騒なものは引っ込めてくれんか。危なくてかなわん」
    そう言いながら、わずかに左手をマントの内に……
    「動かないで! 全部わかってるのよもう! 見なさいこれを!」
    女の左側の闇が揺れ、何かが突き出された。
    『マヤ……!』
    目を見はった、弟子の少女ではないか。後ろ手に縛り上げられ、長い爪の生えた毛むく
   じゃらの大きな手につかまれてぶら下げられている。彼女を捕らえているのは大きな魔物だ。
    『ガーゴイルを遣うのか、あの女は』    
    脂汗が額ににじんだ。頑丈さと俊敏さを兼ね備えたクリーチャー、これを遣いあのマヤを
   捕らえたとなれば、彼女は到底並のセプターではない。
    「余計なマネはしないことね、この娘が引き裂かれるよ。あんた達がセプターで私達を尾
    けてたことぐらいもうわかってるんだ。この娘が持ってた荷物はみんな調べさせてもらっ
    た、タイハンのセプターがこんな遠国で何をしているの、答えなさい!」
    押し殺した声で、しかしはっきりと言う。彼女の左手にはあの通行証が握られていた。
   ゼネスは内心頭を抱えた。弟子が先に言った通り、こそこそと尾けるようなやり方は得策で
   はなかったのか。しかもタイハンに関係することでさらにマズい状況におちいる可能性さえ
   あるとは。
    焦りに胸を煎られ、それでもまずは魔物の手にある弟子の様子をうかがった。マヤは目を
   開けてじっと女の方を見ている、意識はしっかりしているようだ。ただし顔色は青い。人質
   の立場では無理もないことだが。
    それを見て覚悟を決めた。彼はついに両手を上げた、観念した、というポーズである。
    「すまん、悪気はなかった。俺はセプターとしての戦いが好きなだけのケチな野郎だ、こ
    の男があまりにも腕が立ちそうに感じたのでな、何とか対戦を申し込めないものかと」
    「それで五日もただ尾行してたって? いい加減なことを言わないで!」
    「だから、すまなかったと言っている。それと、俺たちはタイハンに所属するセプターで
    はない、非公認の方だ。その通行証は縁あって手に入った代物にすぎん」
    「そんな話、誰が……」
    「薬屋さん」
    別の声が割り込んできた。今まで黙していた少女である。女が慌てて振り向いた。
    「何よ」
    「あなたはタイハンの文様がおわかりですか? その通行証にはあなたが期待するような
    意味はありません、よく見てください」
    「なんですって?」
    彼女は左手のなめし革を広げ、その上に呪文の灯をともした。
    「ほら、印は朱赤じゃなくて濃紅でしょう。これはセプターがカードを持って街を通行
    していいだけの証書、カードの使用許可を申請できるものではありません。これを使っ
    て街に入っても、街の中でカードを使えばタイハンの法にも触れることになります。
    あなた方は街の属する国とタイハンと、二つの国から追われることになりますよ」
    少女の言葉が終わるか否か、「チッ」舌打ちして女が革を地面に投げ捨てた。
    瞬間、マヤの体が大きく揺らいだ。目の先に鮮血がしぶく、彼女をつかんだまま、魔物
   の腕が切断されて宙を舞う、漆黒の何者かにくわえられて。
    「あなた、どうして!」
    女が叫んだ。そしてボウガンを構え直す。が、遅い。ゼネスはすでにカードを二枚、取り
   出し掲げている。
    「俺と早撃ち勝負をするか?」
    ニヤリ、笑って問う。女の顔が夜目にもわかる明確さで驚愕から憤怒に転じた。 
    その間、マヤは穴の反対側に着地、傍らに黒魔犬を控えさせて対峙する。
    「どうして、カードなんて一枚も持ってなかったのに、あなたは」
    怒りにかられながらもなお、目の前の少女に問う声には恐れが混じっていた。彼女は先
   に「荷物は調べた」と言った。その際にカードは無い、と確認したはずの相手がいつの間
   にかカードのクリーチャーを展開していたのだ、驚いたのも無理はない。だが、もちろん
   師のゼネスにはこのからくりの見当がついている。
    彼の弟子は、異次元に置いたカードから直にクリーチャーを招来したに違いない。
    『やればできるじゃないか』
    以前にも命じたものの試みられなかった技の実行を、ようやく見た。「やはり可能なの
   か」との思いは強い。
    ――それはともかく、
    「形勢逆転だな」
    彼は気持ちを切り替え、女に向かい直した。彼女に訊ねたいことは山のようにある。
    「自己紹介が遅れたな。俺は流れ者の術師だ、強いヤツとの対戦を求めて生きてきた。
    あんた方の後を尾けたのは悪かったが、それはそこの男と戦りあいたいと思ったからだ、
    それ以上でも以下でもない。それがこんな騒ぎになったのは全くもって俺の失態だった。
    あやまる、申し訳なかった。
     ということで、お互い物騒なものは引っ込めることにしないか?」
    目だけがのぞく女の顔を見つめ、休戦の提案をする。しかし、相手はボウガンを構えた
   まま微動だにしない。今は彼女の方が圧倒的に不利な状況なのだが。
    しばらく、誰も声を発せず雨音ばかりが林間に落ちた。
    「戦いたいだけだ……ですって?」
    沈黙を破ったのは女だった。
    「じゃあ、あなた方は遊びで私たちにちょっかいをかけたってわけね」
    そこまで言っていったん口をつぐみ、
    「最低だわ」
    吐き捨てた。
    「いや……その、待ってくれ」
    一瞬で今度はゼネスの方が慌てる番となった。今や有利であるのにもかかわらず脂汗が
   浮く。
    「俺はその男のことが気にかかったのだ、ひと目見た時からどうにも。
     彼は空っぽだな、いったい何があった?」
    思い切って訊ねた。とたんに女が身をふるわせた。
    「空っぽ……空っぽですって……彼が。
     ええ、そうよ、その通りよ、空っぽよ。空っぽにもなるわ、家族と平和に暮らしてた
    のに、いきなり軍隊が押しかけてきて先祖代々住んできた土地から『出て行け!』って
    脅されて、逆らったら家を焼かれ畑を焼かれ、家族も村の人たちも片端から殺されて、
    そういう目に遭って空っぽになることの何が不思議なの? 空っぽのまま生きることの
    何がいけないの? どうしてそのことでからかわれなくちゃいけないの?
     あなた最低だわ、いい加減にして!!」
    叫びが響き渡った。山の木々に、湿った大気に、ゼネスの耳朶に、胸の底に刺さる。
    「そういうつもりでは……俺は……」
    口にしたつもりが声にならず、くぐもる。今や彼が完全に押されていた。――が、
    「それで、あなたはその恐ろしいカードをどこで使うつもりで旅してるんですか?」
    マヤの声が飛び込んできた。女の顔が少女に向かう。
    「あなたが持ってるカード、見えちゃったんです私、ごめんなさい。でも、とても恐し
    い力を持った呪文のカードですよね、それ。街の一つや二つ簡単に滅ぼしてしまえるよ
    うな。あなた方がそのまま道を進めば王都に着くはずですけど、そんなカード持ったまま
    大勢の人が集まる場所に行くの、危なくないですか?」
    何の話をしているのか――と、すぐには理解できなかった。が、どうやら女の所持する
   カードのことを指しているのか、と気づき、ゼネスは戦慄した。背すじが寒くなる。 
    穴の下から見上げる少女の顔は、落ち着いてはいるものの青ざめて見えた。しかし、そ
   れ以上に紙のように白い顔をしているのは薬屋の女である。
    マヤは、他人の所持カードを手に取ることもなく「透視した」のだ。
    「あなたは……」
    じり、じり、女が後ずさりした。ボウガンが光を放ち、カードに還る。その輝きの中、
   彼女は何かを足元に叩きつけた。「ボンッ!」大きな音をたてて濃い煙がわき起こった。
    「煙幕だ!」
    急ぎ、手を伸ばして倒れた男の身柄の確保をはかる。が、「バシッ」とばかり大きな手
   のようなものに弾き飛ばされた。次いで「バサッ、バサッ……」硬い皮膜の羽ばたく音が上昇
   してゆく。
    「ガーゴイルか、させんぞ!」
    手に持ったままの電光の矢を連射した。「バシュッ、バシュッ」濃い煙の幕を突いて、
   音のする当たりに撃ち込む。だが、手応えはない。
    「逃げられたか」
    次第に薄くなる煙を透かし、頭上を仰いだ。その彼の横に音もなく降り立った影ひとつ。
   ゼネスが黒魔犬の背にまたがる。と、巨大な犬はひと跳びで穴の外に脱出した。


                                                        ――  第13話 続く ――


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