あの人をはじめて見たのは、荒地の入り口の宿場街。
あの人は、世界中に自分一人が歩いてるような顔して歩いてた。
誰を見るのも同じ眼だった、男も、女も、子供も、大人も、働く人も、浮浪者も、街の女も、誰を見るのも一緒。
「だから私は、あなたについて行こうと思ったの」
でも、それは本当じゃない。あの人にいつか聞かれた時のために、私が用意している言葉。
あの人の眼は、誰も見ていない。
"力"を持つ人の他は、誰も。
あの人からは、カードと同じ気配がした。血と、苦しみの匂い。
どのカードにもこびり付いている、生なましい痛みの匂い。
あの人を見ていたい、あの人を知りたい。
私の内側のどこかで、カードと"力"とあの人とが一つに結びついた。
あの人を見ていたい、あの人を知りたい。
あの人の丸ごとを知ればきっと、全てがわかる。私の知りたい全てがわかる、と。
あの人の金赤の"竜の眼"は、"力"を見出す眼だ。
時々、とても鋭い眼で誰かを見る。それが、"力"を持つ人。
あの人が、戦いたいと思う相手。
でも、あの人が見てるのは"力"だけ。 あの人は本当は、誰の事も見ていない。
私のことだって、最初は見てなどいなかった。
カードのことを知りたかった。"力"のことを知りたかった。
私がここに生きていていいという、確信が欲しかった。
私には、何も無い。カードと"力"の他には、何も。
他人(ひと)を傷つけて止まない、カードと"力"。凶器だけを抱いて歩いている。
そのことが呪わしい。でも、向き合うしかない。
私に自由をくれたのはカードの"力"。選択をくれたのはカードの"力"。
だから私が解き放つ、凶器であることから。
戦いにすがる心を見極め、カードの在るべき姿を取り戻す、自分が生きるために。
あの人の丸ごとを知ればきっと、全てがわかる。カードと"力"の在るべき姿、解き放つためのカギ。
誰よりも濃い、血と苦しみと痛みの匂い。誰よりも戦いに憑かれている人。
あの人を見ていたい、あの人を知りたい。
戦いへと向かう人の業と、真実を探る人の理と。食い合って残るのはどちら。
私はあの人の心に飛び込んだ石ころ、決して溶け合わぬ者。
波を立てて暴き出す、願いの核心。
あの人はその事に、まだ気づいていない。私が何者なのかをまだ知らない。
知ろうとしていない、私があの人を知ろうとするようには。
そして私も多分、知られる事を望んではいない。
あの人の眼が、私を見ている。今は私を見ている。
『お前は、誰だ』
私を知ろうとしないまま、あの人が問う。 あなたが見たいものは、何。
あなたが本当に知らなければならない事を、あなたは知っているの。
あなたの後ろに続きながらあなたの背中に私が投げつけている問いを、あなたはまだ知らない。
あの人がすがる支えを、私は取り上げようとしている。
あの人の生きる目的を、私は打ち砕こうとしている。
私の願いがかなう時、あの人の願いは失われる。
失われてしまう、永遠に。
その事を知りながらなお、私はあの人と共にいる。
いつかきっと、私は殺されるだろう。
他でもない、あの人に。