男:さてもめでたや祭りの日
仮の面にて魔を払い、寿(いのちながき)を願う
ここにうたう者在り、うたもまた
憂いを去り齢(よわい)を延(の)ぶるの業(わざ)なり
花は雨、紅葉(もみじ)は風、人はただ嘘の波に揉まるるとも、
うたの情けを知る心に邪(よこしま)はなし
いざや巻(まき)を開かん 声に出(い)ださん
男:誰がかざした花の香と 宵闇(よいやみ)遥か 月に訊く
女:月や月 西のお空に円(まどか)なる 天の鏡ぞ昇りたる
男:かがやきの御顔 ありがたやのお月さまかな
物言わぬこそうらめしけれど
澄みし水 濁りの水にも隔てなく 影をば映したる
女:ええ憎や 吾が方のみぞ向きたれや
花心(:浮気心)の月は憎し
男:差し向かいては 思い差しに差せよや盃(さかずき)
蕩(とろ)け解(ほど)けてかたぶく月をみるまで
女:放しゃんせ 片袖しき枕を抱いて眠りゃんせ
吾が顔の赤きは酒の咎(とが) 汝(なれ)を恋うにはあらしゃず
男:ようよう逢い見たれども 早や東の方の白みいたる
げに明けやすきは夏の夜かな
女:つれなき朝よのう 陽(ひ)を隠せ 隠しやれや雲
降らばや雨 君が情け 吾を濡らせやしとしとと
女:蕭々と 袖吹き返す 山の風
去り行く人に この領巾(ひれ)を振る
男:君を千里の外に置き
月の下(もと) 独り汲む 酒の苦さよ
解説) 上記の詞は、「小歌」と呼ばれる短い形式の歌謡です。
4・5や7・5、7・4語等を一句とし、平安時代の終わりごろより隆盛になった、
中世歌謡の代表格です。恋愛を多く題に取る点を特長としています。
実は今回書いた詞には元ネタがありまして、小歌集としては最も著名な『閑吟集』
(かんぎんしゅう)を参考に独特の風趣の再現を目指してみました。
異世界ファンタジーというとどうも西洋風の演出になり勝ちのようですが、自分は
東洋人でありますゆえ、ここに東洋の流れを汲む歌謡を提示してみたかったのです。
『閑吟集』は、大体の古典文学集に入っています。ご興味がおありの方は、どうぞ
ひもといてネタ探しなどなさりつつ、中世歌謡の優美にして洒脱な世界をお楽しみに
なってみてください。