冥い海を泳ぐ。
脚の立たない深みを泳ぐ。
夜のように暗い空には、
月もなく 星もなく
頭の周りは真っ暗、
どこからが水面なのかさえわからない。
ざばり ざばり 波がたち、
ざぶり ざぶり 波をかぶり、
苦塩っぱい水をもうしこたま飲んだ。
どう目をこらしても何も見えない暗闇の中、
ぶざまな 犬掻きみたいな泳ぎを続けて、
どうにかこうにか浮かみ漂っている。
冥い海を泳ぐ。
不器用で不要領な手足を、
バタバタと足掻く。
苦塩っぱい水だけが、
ヒシヒシとからだを取り巻き、
ヒタヒタとアゴの上まで押し寄せようとする。
「上手く泳げない者に価値は無い」
頭の上から声がする。
ああ、まったくその通りだねとため息つきたいが、
口を開けばまた あの
苦塩っぱい水が流れ込んでくる。
どうして狂わないのだろう。
どうして沈んでしまえないのだろうと、
自分で自分が恨めしい。
冥い海の上をポツネンと、
いつまでも正気で 足掻きつつ泳ぐ。
価値も無い身でまだ死にもせず、
ぶざまに手足を動かしている。
頭の上に光は無いが、
視線の先にも光は無いが、
どうしてか からだの芯には光があって、
小さい(強い)光があって、
知らず知らず 手に足に 水を掻かせるのだ。
"見たい 知りたい 解き明かしたい"
それはただ私だけの価値、
私だけの生きる証。
冥い海と暗い空と黒い水面の中にあっても なお、
チロチロと燃えつつ光る。
ガブガブ 苦塩っぱい水を飲まされても、
なかなかに 消えはしない。
冥い海を泳ぐ。
何も見えなくても泳ぐ。
行く先がわからなくても泳ぐ。
犬掻きみたいなおかしな動きで、
今日も黙ってまだ泳ぎつづけている。