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      『 カルドセプト ―"力"の扉― 』
 

       間奏曲 「 山の上のその岩は 」 (1)


    平原の西端は、高い崖となって下の地面から立ち上がっていた。黄色い土や岩を露わに、
   ナイフで荒っぽく削ぎ落としたように断たれた大地の肌。だがその下にのぞかれる地面の
   上は、打って変わって目にも鮮やかな柔らかい緑色に覆われている。
    崖の上からさらに西の方角を眺めると、緑地帯には幾すじかの"線"が、遠くのある一点
   に向かって伸びているのが見えた。もちろん"線"は街道であり、その集まる所こそが西の
   王都「ユージン」なのである。
    街道に沿っては所々、人家が黒っぽい点の集まりとなって固まっていた。それらの集落は
   いずれもなかなかに大きく、周囲の田畑もまたたっぷりとして広い。もうそれを目にする
   だけで、彼らの戴く「王都」の威勢のほどがうかがわれる。
    「ああ、ここさえ降りちまえばあとは目ェつぶってても行けそうだなあ。
     で、どうするね皆さん、道を探して歩いて降りるかね、それとも"飛ぶ"かね」
    こげ茶の髪の若い男はやはりこげ茶の瞳をいたずらっぽくしばたたかせながら、連れの
   女性たちに問いかけた。長い黒衣の女たちの間に、さざめくような笑みが広がる。
    「"飛び"ますよ、もちろん。何でしたら歌手さんがご一緒でもかまいませんことよ、私は」
    若い女が一人、明るい声で応じた。笑顔の中にきれいな白い歯が映える。
    「おお!それはありがたや!オイラぜひともそうさしてもらおうかねえ」
    調子良い返事と共に、かれもまたニンマリと笑う。だがそこへ強力な"待った"がかかった。
    「けしからんぞロメロ、お前は俺と一緒だ、いつも通りにな。
     それと、他の者もセプターは必ず一人ずつ降りてくれ。こういう崖は風が急に変わり
    やすいんだ、これまでのように平原の上で飛ぶ稽古をしていたのとは勝手が違う、その
    ことは心得ておいて欲しい。
     セプターでない者やカードを使わない者は、俺と弟子とで手分けして降ろそう。これで
    承知してもらえるか?」
    女たちの顔をひと渡り見回しながら、ゼネスは自分の考えを告げた。彼女たちはまだ
   クスクスと笑いつつも、てんでにうなずいて寄こす。どうやら方針は決まった。
    ――さて、それからのゼネスとマヤはとにかく忙しかった。先にカードを使わない女性
   たちを飛竜とグリフォンとで何度かに分けて崖下の地面まで下ろし、それが済むと次には
   自らカードを使う彼女らの補助に回る。
    女性セプターたちには、馬具のついたゼネスの黒馬か背中の広い飛竜を使ってもらった。
   時おり吹き上げてくる強い風を避けつつ、しかし皆々思いのほか安定した飛行姿勢でクリー
   チャーを操りながら降りてゆく。心配するほどのことは何もない。
    翼をいっぱいに広げてゆったりと風をはらむ者、くるくると小さな円を描いて楽しむ者
   ……同じクリーチャーを遣っても各々「スタイル」には違いがある。そして若い女も歳した
   女も、不安をしのぐ興奮と喜びの感情を素直に面上に表わしている。
    『カードにさわり初めていくらもたたないというのにな、上達の早いことだ』
    降りそそぐ陽射しの下で目を細めながら、ゼネスは総勢で二十数名の彼女たち一人ひとり
   の様子をつぶさに観察しては感慨を新たにしていた。

    あの平原の奥地の村を離れるとじきに、マヤは村の女性たちに「カードを使ってみませんか」
   と呼びかけた。
    「慣れないうちはちょっと変な"感じ"に思われるかもしれませんけど、呪文はいろいろ
    役に立つし、クリーチャーも遣うコツさえ呑み込めばとっても面白いものですよ。
     どうですか、ご自分がセプターだってわかってらっしゃる方、セプターかどうか知り
    たい方はおられますか」
    女性たちはしかし、最初のうちは物怖じするように身をすくめ、マヤが示すカードにも
   誰も手を触れようとはしなかった。(長い間カードを独占する男性セプターに圧迫されて
   いたのであれば、それは無理も無いことだ)。
    だが、やがて一人の黒髪の少女が歩み出た。おずおずとためらいがちにマヤの前に寄り、
   両手を差し出す。
    「やってみるんだね?はい、どうぞ」
    ほほ笑みと共にその手の上に置かれた一枚のカード、少女はそっと手のひらで包み込み、
   そのまま胸の前に抱いて目を閉じた。すると、
    「あっ――」
    パチッと目を開け小さく叫んだ。
    「ちっちゃくて、透明な羽のあるかわいい人が見える……これ何?妖精さん?」
    「"風の妖精"だよ、ええと、あなたのお名前は?」
    驚くばかりの少女に向かい、マヤはあいかわらず優しくさりげなく名を尋ねる。
    「フィーフィ、フィーフィっていうの、わたし」
    答えながらも、彼女の眼差しはカードの上からは離れない。
    「じゃあフィーフィ、見えてきた"妖精さん"の姿をよく想い浮かべてみて。強く、強く
    念じるの。そうすればどんどんハッキリしてくるから」
    少女フィーフィの頭が大きくうなずいた。両手でカードを握りしめ、じいっと見つめる。
   ――すると突然、カードから強い輝きが放たれた。
    「きゃっ!」
    彼女は慌てて首をすくめ、カードを頭の上の方まで差しあげてしまう。だが、
    「離さないでね!大丈夫だよ、うまくいってる、上手だよフィーフィ。ずっと念じていて、
    想い続けて、そうすれば生まれてくるから、あなたの"妖精さん"が」
    落ち着いた声でマヤが励ます。少女は顔を上げ、真剣な面持ちで手の先の光を見据えた。
    光はますます強さを増し……ついにカードが消えた、"変換"が始まる。やがて輝きを集めて
   何者かの形が抜け出してきた、透き通った小柄な体、薄い羽を持つ背中――風の妖精の姿。
    「わあ……」
    まん丸く目を見開いて、少女は己れの"分身"を見た。それはゆらゆらと頼りなげに揺れ
   ながら地の上に降り立ち、そのままうずくまる。
    「どう、感じる?今あなたには羽があるの、立ち上がってごらん、ゆっくり、ゆっくりで
    いいから」
    マヤが彼女の耳元に唇を寄せ、ささやきかける。さらにはコチンコチンに固まった肩に
   腕を回し、そっと抱いた。
    「イヤな感じはしない?そうでなければ大丈夫、大丈夫だよフィーフィ」
    少女はまばたきも忘れたように妖精を見つめ続けている。彼女の瞳の中に映る半透明の
   小さな影、それはなおもしばらくはじっとして動かずにいたのだが、ややあって「ぼうっ」と
   淡い光を発した。
    ほんのりと光りながら少しずつ、わずかずつながら動き出す。むずむず、もぞもぞ、もがく
   ように両手を地に付け、立ち上がろうとして両脚に精一杯の力を込める。
    「がんばって!」
    声を掛けたのは、いつの間にか周囲に集まっていた女性たちの一人だった。
    「もう少しよ」
    「できるわよ、フィーフィ」
    口々に励ます、いや、少女と共に風の妖精に自らの想いを託している。
    そして――妖精は立ち上がった。背中の羽を小刻みに震わせ、「ふわり」舞い上がる。
    「飛んだ!飛べたのね!」
    大きな歓声があがった。少女フィーフィはもちろんのこと、どの女性の顔も喜びと誇り
   とに明るく輝いていた。

    その出来事があってから、日数にしてまだ十日も過ぎてはいない。しかしセプターとして
   の"誇り"を手にした彼女たちの進歩は目ざましかった。
    今では小型のクリーチャーだけでなく、比較的扱いの難しい飛行クリーチャーや大型の
   クリーチャーさえも、ほとんどの女性セプターがひと通りは使用できるようになっている。
    さらに、生き生きとしてカードを使う彼女たちの存在は、セプターではない他の女性や
   "力"を使う感覚になじめずカードから離れた者らにも良い影響を与えているのだった。
    挑戦を続ける仲間に対し、他の女性たちは親身な励ましを欠かしたことがない。まるで、
   他人が開く可能性が自分のものでもあると信じているかのように。
    「見てると嬉しくって、自分の事みたいに力が入っちゃうんですもの。
     ええ、私たちにもできるんだなって」
    ゼネスに向かい、そんなことを言った女がいた。『私たちにもできる』――村の女性たち
   を結び付けているのはその"共感"の思いなのかと、彼はその時理解したものだ。
    セプターとセプターでない者とが共感しあう、そんな理想的な関係の状態を、ゼネスは
   生まれて初めて目にしたのだった。
    ――「サッ」と、黒い影がフルスピードで目の前をよぎった。目で追うと、黒天馬が翼を
   たたみ素晴らしい速度で地上に突っ込んでゆく。あわやという所で「パッ」黒い羽が開いた。
   急激に速度がゆるみ、馬の蹄(ひづめ)が静かに地面に降り立つ。
    「ホントに上手になったね、フィーフィ!もう私より上手いかもしれないよ」
    飛竜の背からマヤが大きな声で呼びかけた。黒い髪の少女は下馬し、はにかみながらも
   嬉しそうに笑って空を見上げる。
    ゼネスもまたグリフォンを降下させ、その背から離れた。少女に近づきざま、かすかに
   ほほ笑んで見せる。
    「ありがとうございました」
    弾んだ声の主から黒馬のカードを受け取った。女性セプターは彼女が最後だ、この後まだ
   上に残っている者といえば、
    『ロメロとツァーザイか』
    彼はどことなく痛む胸を押さえ、その場所を見上げた。

    巨獣が崖の上に立った時、少年と歌手は自分たちが後にしようとしている平原の彼方を
   見つめ、静かにたたずんでいた。
    ゼネスは地上に降り立ち彼らに近づこうとしたが……どうもはかばかしく足が動かない。
    実は村を離れてよりずっと、彼はツァーザイに話し掛けることができずにいた。
    ――竜眼のセプターに出遭った者には災いが降りかかるが、彼にカードの対戦を望まれた
   者は最強のセプターになることができる――
    ユウリイが語ってくれた、竜眼のセプターの言い伝え。あの後まるでその言葉をなぞる
   かのように、ゼネスと対戦した彼女は火の魔王を操るという運命に向かって一直線に追い
   込まれた。
    『あれは、"俺のせい"なのではなかったろうか』
    ゼネスの胸中にはずっとその思いが染みつき、密かに彼を悩ませ続けているのである。
    「ね、ツァーザイ、ロメロ、行こう。もう皆んな降りちゃったし」
    二人に声を掛けたのは、後から上がってきたマヤだった。少女は行きあぐねる師の傍を
   さっさと通り過ぎる。
    「でも名残り惜しい……よね、もう少し見てる?」
    少年に寄り添い、そっと訊(たず)ねる。相手はしかしそれでもなおしばらくの間は無言
   のままだった。
    が、
    「ロォワンは"あそこ"に一人で眠ってるんだね。
     お姉ちゃんの櫛(くし)、やっぱりあげてきて良かった」
    誰にともなくつぶやく。
    ゼネスは、女たちが若者を葬った時の有り様を思い出した。
    ――村人らの奸計により、なすすべもなく恋人のカードで殺されてしまったロォワン。
   彼の亡骸(なきがら)は魔王騒ぎの後も姉弟の家の入り口に転がったままだったが、女たち
   は村を離れる際に自分たちの手で、この不運な若者を死出の旅路へと送り出した。
    身を清められ、傷ついた胸に白布を巻かれて簡素な棺に納められた彼は、村の墓所では
   なく最後に戦った場所に埋葬された。
    あの日、狂戦士と騎士の血潮が諸共に染み込んだ黄色い土の下に。
    棺の蓋を閉じる前、皆が死者に最後の別れを告げたおり、ツァーザイは大事そうに取り
   出した小さな櫛を、若者の胸の上に組んだ冷たい手に握らせた。
    「これお姉ちゃんの櫛、母さんの形見でもあるんだけど、あげるよ。
     さよなら」
    母娘二代にわたる女の髪の油と匂いを吸い込んだあめ色の櫛。村で最も強かった男は、
   その櫛に守られて永い眠りについたのだった――
    「うん、もういい、行くよ、ボク」
    少年はマヤの顔を見上げた。
    「今日のこの風景をこうして拝めるのは今だけなんだぜ、ホントにいいのかね」
    ロメロが念を押す。それでも、彼は固い決意をにじませてうなずいた。
    「うん、いいんだ、もう忘れないから」
    「そうかね」
    若い男が微笑する。少年はくるりと後ろを向き、淡々と飛竜の元に歩んでゆく。
    ゼネスは小さなその背中を見つめていた。
    苦しみも悲しみも、そして恐らくは怒りさえもが、「彼」の中では深く沈潜して研ぎ澄ま
   され、いつか「音楽」へと変わる。
    「表わし」――ミリアの言葉が指し示すのは、そのように人の情動が変化して再び出現
   する、不思議の仕組みのことなのだろうか。
    『ならばセプターがカードでできることとは……』
    考える。だがゼネスの思考の道筋は雲の中を往くようにおぼろなモヤに包まれるばかりで、
   どうにも頼りない。
    まだわからないことばかりが多すぎる。
    「じゃあお師さん、オイラもいつも通り頼むわ」
    考え込む頭にロメロの声が飛び込んできた。軽く手を挙げてゼネスに合図し、彼もまた
   巨獣に乗り込むべく歩き出す。
    少女の駆る飛竜が先に崖下に消えた。それを追い、グリフォンもまた崖の突端に立って
   翼を開く。風を「呼ぶ」ために空を向く首……が、しかしピタリとかれの動きが止まる。
    「あれ、どしたね?」
    いぶかしむロメロに
    「誰か来てるな、男だ」
    下の緑地の一角に視線を据え、ゼネスは答えた。巨獣が高く吼え、風が「来る」よりも
   先に地を蹴り飛び降りる。
    「うひゃあ!」
    若い男は悲鳴を上げたが、その時にはすでに広い翼は突風に包まれている。
    急降下し、地響きをたてて太い四肢が地面を踏んだ。
    クリーチャーの背から飛び降り、すぐさま女性たちの間を駆け抜けてゆく。彼女たちも
   やや離れた場所に立つ影に気づき、ひそひそと何事かささやき交わしている。
    "訪問者"は、一人の若い男だった。見覚えのある顔は、ロォワンと共に来てロメロを
   問い質していた二人のうちの一方だ。
    「彼」は黒い髪をしていた。両の手には何も持たず、ゼネスの接近を覚悟したかのように
   身を固くし、体中に力を込めて立ち留まっている。
    だが、殺気は感じられない。
    「先回りして待っていたのか、何の用だ」
    男とは五歩ばかりの距離をおき、立ち止まったゼネスが低い声で誰何する。相手は唇を
   ギュッと結び、大そう話し辛そうな上目遣いで竜眼の男の顔を見ていたが……息をひとつ
   大きく吸い込むと、やっと口を開いた。
    「母と……妹に会わせて欲しい」
    『やはり、そういうことか』
    女たちに去られた村の男たちのうちから、彼のように母親や妻、娘らを"迎え"に訪れた
   者は、実はもう何人もいる。
    大概の男は今目の前に立つ若者のようにやや肩を落とした様子で現われ、ゼネス達には
   虚勢を張っても女たちに対面してしまえばしおしおとうなだれて、「どうか戻ってくれ」と
   許しを請う者が多かった。
    その際にはロメロが仲介役となって双方の言い分を聞き、男側に改心の見込みがあって
   なおかつ女の方でも承諾した場合に限り、元の鞘に収めて新しい旅路へと送り出してきた
   のである。
    そのため共に旅する女性たちの人数は今や、村を離れた当初の百人あまりから半分ほど
   にまで減っていた。
    (だが中には、正面から交渉せず夜陰に乗じて女をさらいに来るという"不届き者"も
   少なからずいた。その類の輩はマヤの騎士の練習台となって、鋭い突き攻撃に片端から追い
   散らされたことは言うまでもない)
    「会わせて……もらえるだろうか」
    黒い髪の若者は、悲愴なまでに紅潮した顔色で黙ったままのゼネスに再び問う。今にも
   破れ裂けそうに張り詰めた、精神の薄皮そのもの。
    「そうだな」
    チラリと後ろを見やった。ロメロが、もう一人の黒い人影と連れ立ってこちらにやって来る。
    だんだんに近くなる、共に来るのは五十がらみの年配の女性だ。
    「お袋……」
    思わず、というように若者が声を漏らした。同時に、爪先も前に出ようとする。
    「待て、そこを動くな」
    ゼネスはサッと片手の平を挙げて彼の動きを制した。
    その間にも、やって来る影は近づく。ついにロメロと黒衣の婦人とは、顔がはっきりと
   わかるほどの距離まで来た。
    若者が動いた。制する手の下をかいくぐって、走る。
    「待て!」
    驚き、慌てて伸ばした腕が彼の背中を追う。服をつかもうとした瞬間、相手は崩れ落ちた、
   母親の足元に己が身を投げ出したのである。若者は土と草の上に額を擦り付け、うめいた。
    ゼネスはうずくまる身体に手を伸ばそうとしたが、
    「まあ、まあ」
    ロメロに取りなされてしまった。笑みを含んだ茶色の眼の片方が、パチリとウィンクを
   して寄こす。
    仕方なく、彼は脇に退いて息子と母の再会をしばらく見守ることにした。
    草いきれが立つ。崖の上とは違い、緑生ふるこの地の風は湿っている。若者が背を震わせ
   むせぶたび、青くさい匂いが立ち昇る。
    母親は静かに、ごく静かに足の先にひれ伏した息子を見下ろしていた。長い時間、ずい
   ぶんと長い間――実際にはそれほどでもなかったかもしれないが――じっと眺め下ろしている。
    やがて、彼女は息子の上にかがみ込んだ。
    声が、響いた。

     「おかえり。
     よく戻って来たね、待っていたよ。
     私はずっと、お前を待っていたんだよ。

     さあ、もう頭をお上げなさい。私にお前の顔をよくよくと見せておくれ」

    ザザザザザ……ッ
    草の中を突っ切ってゼネスは走り出していた、母子から遠ざかる方向へとひたすらに。
    聞いてしまった、聞きたくなかった、耳から頭から振り落としてしまいたい。
    ――帰って来たな――
    ――お帰りなさい――
    ――おかえり――
    「ゼネス!」
    彼を呼ぶ声がする、だがそれさえ振り捨てただ走る。
    「マヤちゃん!」
    若い男が少女を止めた事にも気づかない。
    ――おかえり――
    締めつけられる、震える、何かがあふれ出しそうになる、聞きたくなかった、今ようやく
   わかった。
    ようやく。
    彼の頭は往くべき場所を知らなかったのだが、彼の足は道を遠く外れた地に茂る藪へと
   まっしぐらに走り、そのまま中に突っ込んだ。

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