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       第7話 「 緋の裳裾 (後編) 」 (4)


    夜は深更に至っていた。焚き火の周りで四人――マヤ、ユウリイ、ツァーザイ、そしてロメロ
   が寝んでいる。
    明朝が早いということ、また万が一の「ジャマ」の介入を考慮して、ゼネスが「今夜は俺たち
   と過ごした方がいい」と姉娘に勧めたのだ。彼女は承諾し、弟と共にそのままキャンプ地
   に留まった。
    ゼネス(もちろん、彼は今夜も寝ずの番をしている)の眼は今、並んで眠る少女と少年ら
   を見つめている。
    マヤとユウリイはツァーザイを間にはさみ、互いの片手を取り合っていた。横になっても
   なかなか寝つけずにいる姉娘を気遣い、マヤが「手を握っててあげる」と申し出たのだ。
   そうして手をつないでみると気持ちが安らいだのか、ユウリイはやがてうとうとし始めた。
    ――さて、彼女らを見守りながらゼネスが考えているのは、湖の隠しカードのことである。
    『カルドラ宇宙の神々は、カードが引き起こす一切の出来事に手を出せない。それが昔
    からの決まり事――いや、"神の宿命"だ。
     だから本来ならば、亜神の俺もまたカードの"行き先"に掛かりあうなど慎むべきこと
    なのだが……』
    湖のカードをこの手で盗み出す――それがあからさまな違反行為に相当するとは百も承知
   である。だがそれでも、彼はこの姉と弟の思いの方を重んじてやりたい。
    神ではなくあくまで人として、今は彼らに応えたい。それが正直な気持ちなのだ。
    『ゴリガンにでも知られようものなら……さぞかし呆れられるだろうがな』
    彼は禿頭・白ヒゲの人頭杖が目を三角にする様を想像し、ひとり苦笑いした。


    翌朝。
    まだ空が群青色をしているうちから、ユウリイもマヤもそわそわと起き出した。二人が
   動けばロメロも起き上がり、まだ寝ているのは子どものツァーザイ一人だけとなる。
    少しずつ、少しずつ東の端から赤味の差してくる大空の下、マヤはさっそく湯を沸かし
   て茶を煮出し、まずは姉娘にすすめた。
    「早く体を温めたほうがいいよ」
    しかしユウリイは礼を言って受け取ったものの、カップには口をつけることができずに
   いる。顔がひどくこわばり、青白い。
    『かなり緊張しているな』
    初の真剣勝負の対戦、それもいきなり今後の人生の行方を左右する重要な一戦を目前に
   控えているのであれば、硬くなるなと言う方が無理だ。
    だがゼネスは彼女が唇まで血の気を失っている様子を見て、さすがに『これはマズい』と
   危機感を抱いた。
    適度な緊張はむしろ闘志を高めるものだが、過度のそれは心身の平衡を崩す。そして
   身体と精神がバラバラなままで戦って、勝てる者などいない。
    『気分をほぐす必要があるな……しかし、何と言ってやれば……』
    焦燥とは裏腹に、こんな時女性に掛けるべき言葉など彼にはまるで思い浮かばない。
   けれど内心慌てる師をよそに、弟子の方から意外な提案が出された。
    「ユウリイ、"お化粧"してみない?」
    ロメロもポンッと手を打つ。
    「ああ、そりゃいいや、きれいにしてもらいなよお姉ちゃん。あんた、ただでさえ美人
    さんなんだから、化粧映えするぜ、きっと」
    調子のいい男の謂うのを聞いて、姉娘の白かった顔にほのかな血の色が昇ってくる。
    「私が?……そんな……」
    恥じらいを含みながらも、「美人」と言われて嬉しさを隠し切れない様子だ。
    ゼネスは呆気(あっけ)に取られて彼らのやりとりを見ていた。
    「じゃあ、今すぐに私がやってあげるね。
     ゼネスとロメロはあっち向いててちょうだい、終わるまでのお楽しみだよ」
    若い男は笑いながらクルリと後ろを向き、竜眼の男は訳がわからないものの、大人しく
   弟子の言に従った。
    ――しばらくして、
    「はい、できた。二人とももういいよ、よく見てあげて!」
    弾んだマヤの声を合図に振り返ると……そこには、一段と鮮やかな印象を加えた姉娘が居た。
    彼女の亜麻色の髪はさらさらと丁寧にくしけずられ、凛と弧を描く眉もくもりなく冴え
   ている。その下で濃い睫毛に縁取られて輝く緑の瞳、さらにはうすく白粉(おしろい)した
   きめ細かな肌と、誰の目をも惹きつけずにはおかない、紅(くれない)に彩られた唇。
    顔の両脇では、房の形をした耳飾りも揺れている。
    そんな彼女自身は、マヤから渡された手鏡を覗きながら"信じられない"というような
   ため息をついていた。
    「ああ!思ってた以上だなあこりゃ!こんな美人さんを見ちまって、寿命が十年がとこ
    は伸びたぜオイラは!」
    ロメロはすぐさま、力込めた褒め言葉を並べた。しかしゼネスは……驚きのあまり呆けた
   ように突っ立ったままでいる。
    「ほれほれお師さん、あんたからも何か言ってやんなきゃ」
    若い男はじれったそうに"突っ立ち男"のわき腹をつついて促した。が、ややあって彼が
   何とか口にできたことといえば、
    「いや……その、もし……村の奴らが余計な介入をしてくるようであれば、そちらの方
    は俺が全て引き受ける、お前は後ろを気にせず対戦に打ち込め」
    ユウリイはにこやかに微笑し、優雅な挙措で頭を下げた。けれど、
    「あんたねえ……女の子相手にもうちっとマシなことは言えねえもんかいな?」
    ロメロが大いに呆れ返ったことは言うまでもない(そしてマヤは顔を真っ赤にして笑い
   をこらえていた)。

    そうして粧(よそお)い整えた少女はゆっくりと茶を飲み、昇る陽に向かって静かに眼を
   閉じた。集中を高めるための瞑想に入ったのである。
    彼女の邪魔をせぬよう、やや離れた場所で見守るゼネスにマヤがそっと近づいて来て、
   師のマントを引く。
    「ねえ、ロォワンさんはどんなカードを使ってくると思う?」
    精悍な若者の顔を思い浮かべながら、彼は弟子にセプターとしての常識と心得を教える
   べく、述べた。
    「今日の戦いは相手をどうでも叩きのめす"戦闘"とは違う、二人のセプターが互いの
    力量を試し認めるための"対戦"だ。
     であれば、カードの力はできるだけ対戦者どうし近づくように配慮し合うことが望ましい。
     姉娘の父とあの男とは村の中では好敵手だったろうから、二人ともすでに互いの手持ち
    カードの内容は知っているだろう。
     娘の手にあるカードのうち、一対一の戦いに強いのは無論"騎士"のほうだ。男の方は
    確か、"グリフォン"と"狂戦士"を持っているという話だったな。だったら同じ人型の
    クリーチャーである"狂戦士"を選択するだろうな」
    「"狂戦士"――何だか強そうだね」
    弟子の少女は心配そうに眉根を寄せた。
    「いや、問題はむしろクリーチャーにあわせて使う道具(アイテム)の方だな。
    今日の対戦では互いに二枚ずつ道具カードを使うことにしたと、娘からは聞いている。
     クリーチャーの基本性能だけでなく、道具に何を使ってくるかで戦局は大きく変わる。
    しかし俺たちは二人が持つカードの全てを知っているわけじゃない、だから今の時点で
    どんな戦いになるか予測する事は難しい。
     ただ互いの手の内が知れているとすれば、勝負の分かれ目は、一にも二にも"作戦"と
    その"実行力"ということになる。お前も心してよく見学しておくことだ」
    師としてのひとことをも添えた。すると、
    「それはもちろん!」
    マヤの顔がきりりと引き締まり――が、再びかすかに眉が下がる。
    「ユウリイ……勝てるよね」
    ぽつり、つぶやいた。
    「厳しいな、実際のところ、経験の差は如何ともしがたい不利条件だからな。
     しかし勝負に"絶対"は無い、俺が今言えるのはそれだけだ。
     ――ふむ、相手の方も来たようだな、弟を起こしてやれ」
    村の方角をしかと見極めながら、ゼネスは弟子に告げた。彼の左眼は、平原の上に滲み
   出た人影が一つ、黙々と此方に近づきつつあるのを捕らえている。
    マヤは身をひるがえして姉娘の元に駆け寄り、二言三言、何事か話しかけた。ユウリイ
   は一度目を上げて彼方を望み見、両の手を胸の前で握り合わせて再度眼を閉じる。
    ゼネスの耳に、彼女のつぶやく声が辛うじて届いた。
    「母さん、私は彼と戦います。この罪深い娘をお許しください、そして私に力をください」
    マヤがにわかに姉娘の首にかじりついた。
    「ユウリイ、あなたはきれい、あなたは強い。だから大丈夫、大丈夫なんだから……」
    男装の少女二人は、しばらくの間しんと抱き合っていた。

    若者――ロォワンが現われた。
    太陽は地平線を離れたばかりだった。平原の空に澄んだ白い光が流れ、払暁の赤い色は
   刻々、果ての知れない青さへと移り変わってゆく。風は凪いでいた。
    やって来た彼は、粧いした姉娘を見て『ドキリ』と心動かされたように一瞬、大きく眼を
   見張った。しかしゼネスがゆっくりと歩を進めると、すぐさま戦士の表情を取り戻す。
    "判定人"を中心に、対する二人は二十歩ばかり離れて向き合った。そして彼らから充分
   に距離を置き、ロメロ、マヤ、ツァーザイ(マヤに起こされて、飛び起きたばかりだ)の
   三人が見守る。
    マヤの顔つきもかなり硬かったが、ツァーザイに至っては緊張のあまり今にも泣き出し
   そうだ。
    「用意」
    ゼネスが片手を挙げた。二人がカードを一枚ずつ掲げて輝きを生み出し――ほどなく、
   術者の前に一体ずつの人影が立ち上がる。
    ユウリイの前には例の騎士、そしてロォワンの前には……黒い獣の毛皮をまとった半裸の
   戦士が現われ出た。
    "彼"は胸板厚く腕も脚も太く、からだ全体が岩のようにゴツゴツと荒々しい筋肉に覆われ
   ている。顔立ちそのものはロォワンと生き写しだが、血走った目と蒼ざめた額に人の理性
   はかけらもうかがえず、替わりに何かしらゾッと寒気を覚えさせる緊迫が張り詰めている。
    戦士の肩から握りしめた拳までは、絶えずブルブルと震えていた。今にも爆発しそうな
   破壊の衝動を、操るセプターが抑えているからだ。これぞ血に飢えて狂乱する戦闘の鬼、
   "狂戦士"バーサーカーである。
    そうしてクリーチャーを展開し終えた二人は、さらに二枚ずつのカードを持った手を高く
   差し上げた。
    「始め!」
    ゼネスがサッと手を振り下ろす。と同時に、二人の手にあるカードが強烈な光を発した。
   すぐさま、各々の前に立つクリーチャーの上に光球が現われ出る。騎士は前に差し出した
   左手の先と腰部、そして狂戦士は右と左の手先にひとつずつ。
    そして最も最初に形を成した"力"は、狂戦士の右手に出現した"隼の剣"だった。さらに
   わずかに遅れて左手には長剣が握られる。しかしこの時点でまだ、騎士側の光球は二つとも
   実体化に至っていない。
    腰に大剣、左手には大きな盾のような形――が、いずれもまだ"析出"の中途である。
    『くそ、早くも差が出たか――』
    ゼネスの背すじがヒヤリ冷えた。戦いのような極度の緊張の中でカードの力を使用する
   場合、セプターの習熟度により、"力"の招来から実体化までの時間には若干の開きがある。
   ユウリイは必死なのだろうが、経験豊富な(はずの)ロォワンの方が、先に攻撃態勢を整え
   てしまった。
    狂戦士の足が地を蹴った、隼の剣が陽にきらめく、素早さを高める呪文の効果を持つ短剣、
   その力に乗り彼の動きは突風と化す。ザザッと音たてて騎士に迫り、振りかぶった反り刃の
   刀身を頭上高くから打ち下ろす。
    ドゥムッ
    だが鈍い音と共に剣は弾かれた。短剣が届くよりもほんのわずか早く、盾は完成し出現
   していた。騎士のほぼ半身を覆う大きな盾――タワーシールドである。加えて、次の瞬間
   には腰に大剣も現われた。
    しかし、ホッと息つく間とてない。狂戦士はひるむことなく大盾に向かって激しい攻撃
   を開始した。
    右手の短剣と左手の長剣、どちらも丈夫な護拳(柄)部分で力まかせに盾を打ち叩く。
   太い両腕を嵐のように振り回し、盾はおろか相手の精神までをも挫かんばかり攻め立てる。
   「ダンッ」「ドカッ」「ドスッ」重い音の響きが絶え間なく続く、目の前にある全てを破壊
   せずにはおかない、狂戦士の本領発揮である。
    騎士は大盾をしっかり両の手で支え持ち、降りそそぐ連打に耐えなければならなかった。
   しかも戦士の攻撃は巧妙を極め、相手の動きを見ながら大盾の全面各所をランダムに打って
   かかる。これでは少しでも気をそらせたら最後、たちまち盾は叩き飛ばされてしまう。
    腰の大剣に手を伸ばすこともできぬまま、騎士はずるずると後退を余儀なくされていた。
    『奴め、大剣を抜かせない作戦か』
    若者の意図を読み、ゼネスはきつく歯を噛んだ。相手の道具が大剣と大盾であり、さらに
   は片手突きを得意とすることをロォワンは充分に承知している。
    ユウリイの「大剣片手突き」は、もともと"後の先"を狙うカウンター攻撃だ。しかし隼の剣
   があれば、彼女側の攻撃が繰り出されるよりも早く飛び込むことができる。盾さえ突破して
   しまえば、剣も抜いていない騎士など敵ではない。
    『まずいぞ、これは』
    狂戦士は戦い続ける限り疲れというものを知らない、心中の焦りがふくらむ。だが……
   今の彼はどうすることもできず、ただ見守るしかない。
    そうして危ぶむ間にも、戦士の攻めは熾烈さを増していた。時おり足を左に右に大きく
   踏み出し、大盾を回り込んで剣の刃先を届かせようとする。必然、騎士もまたその度ごとに
   左右に動いて防がざるをえない。全ての機先は戦士側が握り、騎士はひたすら受け身だ。
   完全にロォワンのペースである。
    狂戦士が持つ凶暴な破壊力を、若者は極めて巧みに、理性的に運用していた。
    一方、ユウリイは――白い顔の額に汗をにじませる彼女は、それでもなお懸命に耐えていた。
    相手は盾の中央を、右を、下方を、端を、左から、上側を、下方へ、中央を、また左から……
   不規則な動きで盛んに揺さぶりをかけてくる。だが倦(う)まず弛(たゆ)まず、地道な対応
   を繰り返す。
    いつしか大盾はキズだらけとなり、わずかながら裂け目も見えはじめた。それでも今の
   彼女は緊張と疲労を乗り越えて、いつ見えるとも知れない反撃の糸口をつかむしかない。
    対戦開始後、実際にはまだほんのわずかな時間しか経っていない。だが見守る者たちに
   とっては、非常に長い時がジリジリとしか進んでゆかないように感じられた。
    ――風が出てきた。
    すでに太陽の光はまぶしく、地上に落ちる二体の影を濃く染め出すまでに強い。
    狂戦士の攻撃は、少しもゆるむことなく続いていた。太い腕は剣を振るうほどに荒々しさ
   を増し、左右に回り込もうとする足さばきも時とともに素早くなり勝る。
    だがゼネスの感覚は、戦士の動きの中にわずかずつ、ほんのわずかずつだが"苛立ち"が
   滲み出しつつある気配を感じ取っていた。
    初心の対戦者でありながら、なかなか動揺や疲労の色を見せない姉娘の騎士。黙々と攻撃
   に耐える彼女の意図を読みきれず、若者は微妙な違和感を覚えはじめているようだ。
    その証拠に、狂戦士の攻撃に"蹴り"が加わるようになった。大盾を打ち叩きながら、
   合い間にキュンと体を反転させ強烈な蹴りを入れてくる。「ダンッ!」騎士は盾を必死に
   立ててこれを受けるが、盾ごと倒されないようバランスを保つだけで精一杯だ。
    一見したところ狂戦士がさらに優勢になっただけと思える。が、近接での蹴りは威力は
   あるもののスキもまた大きい。相手の出方を量(はか)りかね、早く戦いにケリをつけたい
   ロォワンの心中の焦りが、ゼネスには透けて見える。
    『気づけるか、ユウリイ!』
    祈るような気持ちで、彼は二人の対戦にさらに目を凝らした。
    ――そうして、狂戦士が何度目かの蹴りを見舞うべく腰を溜めた時だった。その機を待って
   いたかのように、騎士がパッと己れの甲(かぶと)をむしり取った。
    「あっ!!」
    見ていた全員が声を上げた。甲の下から現われたのは、細いうなじ、白い顔と額、亜麻色
   の髪、強い眉の線、緑の瞳……紅く彩られた唇、金の耳飾り、若い女の顔。
    「ユウリイ!!」
    先日見た彼女の騎士は、確かに青年だった。しかし今ここに立つのはまぎれもなく姉娘、
   女騎士ではないか。
    『どういうことだ、これは!?』
    さすがのゼネスも混乱しそうになった。クリーチャーカードの"力"は、種類ごとに常に
   同じ一定の能力を持って発現するはずではなかったか。
    いや、能力?一定であるのは実は「中身」だけで、「形状」は変化しうるということなのか?
    ――「カードの"力"はただ"表わし"の一つに過ぎない」――
    信じ難い、だが目の前に事実がある。女騎士は大盾をはさんで狂戦士をにらみ据え、キリ
   キリと緊張を尖らせながら対峙している。
    腰を回しかけたまま戦士の動きがわずかに鈍った、ロォワンも驚いたのだ。そこへすか
   さず女騎士が手にした甲を投げつける。
    戦士は慌てて剣で叩き落とした、しかしさらに大盾も飛んで来る、渾身の力で投げられた
   盾、彼は両手の剣を振るって弾く。その間に女騎士は大きく飛び退がり、ついに大剣を抜き
   放った。
    『やった、だが退がり過ぎだ……!!』
    思わずうめくゼネス、動きが大きかっただけ構えが遅れた、盾を弾いた戦士がそのまま
   突っ込んで来る、隼の剣は速い、避けるしかない、だが避けても左の長剣の斬撃が来る、
   逃げ場は無い。
    『ああ!!』
    見開かれた竜の眼、そこに猛然と左のヒジを振り上げる女騎士の姿が映った、ヒジの最も
   硬い一点で隼の剣を迎え撃つ。
    ザンッ!
    鈍い裂音、ヒジから先が斬り飛ばされた、だが衝撃で軽い剣の刃先は逸れ、鎧の左側面
   を撫でるように滑った。姿勢が崩れ、左の長剣が遅れる。
    閃光が奔(はし)った。白い光がひとすじ、狂戦士の厚い胸板の真ん中を貫いて背中まで
   真っ直ぐに突き通す。
    戦士の頑丈な身体がビリビリとわななく、断末魔の中で左腕の長剣を薙いだ。「ガチッ」
   その刃はしかし、大剣の優美に持ち上がった護拳にはばまれる。次の瞬間、狂戦士の姿は
   光の粒子となって散った。
    その後にゆっくりと背を伸ばし、なおも地上に立つのは紅い唇を持つ女騎士のみ。
    「勝負あり、勝者……騎士!」
    ゼネスが高らかに宣言した。女騎士の傷ついた左腕からは淋漓と血が滴る。だが彼女は
   そんなことは歯牙にもかけず、右手に取った大剣を天高く突き上げた。

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