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     第2話 「苦い道」 (2)


  あまり時間をかけない食事が済むと、ゼネスは立ち上がってまた歩き始めた。マヤも
 すぐに続く。しかし彼女の方は、多少げんなりした表情だ。硬い干し肉を噛んだせいで、
 アゴが疲れたと見える。
  だが、まとまった話を黙って聞いてもらうには今が好機(チャンス)だなと、ゼネスは
 見て取った。
  「早くお前にブックを組ませたいんだが、こんな開けた場所でのんびりカードを並べて
 検討するなど剣呑な事だ。森に入ってからにしたいがまだ遠い、今はせめて一組だけ
 でも先に用意しておくべきだろうな。
  おい、お前は自分の手持ちカードの内容をちゃんと全部把握しているのか」
  「だいたいはわかってます、使った事があるのはほんの少しだけど」
  マヤは小さな声でボソボソと言う。案の定、しゃべることが億劫(おっくう)のようだ。
  「やり方は今から教えてやる、よく考えてとりあえず一組だけ作ってみろ」
  彼は歩をゆるめ、弟子に並ぶ位置を取った。
  「"ブック"と言うのはだな、カードを何枚か組み合わせて一揃いにした、まとまりだ。
  カードの"力"は確かに優れているが、一枚一枚をバラバラに使うよりも、数枚を組に
 して使ったほうが効果があがる。
  たとえば昨日お前が使った風の妖精は、単体ではグリフォンを倒すほどの力はないが、
 クレイモア(剣)を合わせて使うことで勝てた。それと、あらかじめシャッター(破壊の呪文)
 で鎧を壊しておいたことも大きかったな。偶然とはいえ、いい組み合わせのカードをタイ
 ミングよく使えたわけだ。
  何枚ものカードを持っているセプターなら、自分が目指す戦い方に適(かな)う、戦略的な
 意図を込めたブックを常に用意しておくことが常識だぞ」 
  するとここまで無言で聞いていた弟子が、ジロリと師の顔を見上げた。
  「でも…その"戦略的"と言うのはやっぱり、戦って勝つためのものなんでしょう?
 私はカードや"力"がどういうものかを知りたいだけです、誰かと戦う事を考えるなんて
 イヤです」
  アゴが疲れていようと、相変わらず言いたい事を言う。頭が痛くなりそうだとゼネスは
 うんざりしかけた。
  しかし考えてみれば、マヤはカードの戦いと言えば凄惨な殺し合いしか知らないのだ。
 それでは、カードを使う事にためらいを覚えるとしても無理はない。
  どのように伝えれば、自分がずっと求めてきた「戦い」について理解してくれるのだろう。
 彼は慎重に言葉を選んだ。
  「俺の言うカードの戦いは、相手を殺したりカードを奪う事が目的じゃない。自分の力を
 尽くし、知恵を尽くして渡り合うことこそが大切なんだ。
  ―自分の力を出し切る時、俺は体の内も外も熱く燃えるように感じる。もっと上を目指し
 たいと、精神が肉体に拍車をかける。それは生きている実感が湧く、最高の瞬間だ」
  語りかけつつ横目で見たが、マヤはまだ疑わしげなまなざしで師の顔をうかがっている。
  『それはあなたが戦う事が好きだからでしょう?』そう問いたげな眼だ。
  これではダメだ、もっと別の言い方を工夫しない事にはこいつを納得させられないぞと、
 彼はさらに頭をヒネる必要に迫られた。
  そうしてしばらくの間考えた後、あるひとつの言い分が思い浮かんだ。
  「カードは決して戦うだけの道具じゃない、本来はセプターにとって最高の―そうだな、
 『表現の手段』とでも言っておくか。自分を世界に示す最高の表現を追及する、それが
 カードを使う上で最も重要な事だ。
  戦略というのも、そのための材料の一つに過ぎないのさ。
  マヤ、お前もセプターなんだ、カードが何なのかを知りたければ、まずはカードを使う
 腕前を磨いて最高のセプターを目指してみろ。
  そうしてこそ始めてわかること、見えてくるものもある筈(はず)じゃないのか」
  そこまで言ってもう一度彼女のほうを見やると、今度は難しい顔をしてじっと考え込んで
 いる。師の説明に必ずしも納得したわけではないようだが、反論する材料も見つからない
 といったところか。
  「カードを使う事がセプターの表現だなんて…。なんか実感湧かない…そんな風に思った
 事なかったし…」
 『そうだろうな、俺だってたった今思いついたんだ、そんなセリフは』
  さっき口にしたことは、多分に出まかせだ。
  彼が真に追い求めてきたのは熱く燃えるような戦いの興奮、自分の力を限界ギリギリまで
 引き出さずにはおれない、激しい競り合いへの欲望なのだ。
  「最高の表現の追及」などとは、マヤに何とかカードの戦いを納得してもらうための、苦し
 まぎれの方便に過ぎない。
  だがその割にはなかなか上手い言い方が出来たかもしれないぞと、ゼネスは感じてもいた。
  このように言葉にしてみると、自身の戦いへの欲求の底にも確かに、「最高の表現」に近づく
 喜びが含まれているような気がしてくるから不思議だ。ウソから出たマコト、か。
  それはともかく…あと一押し、あともう一押しで彼女はブックを組むことを承知するのでは
 ないのか。
  彼はさらに大胆な手に打って出た。
  「だいたい、『セプタ―にとっての本当のことを知りたい』なんて言ってるだけじゃあ、いつ
 まで経(た)っても先へ進めるはずがない。
  おまえ自身がどんなセプタ―になりたいのか、そこのところをハッキリとイメージできない
 ヤツに何がわかる。
  ブックを組む事は、自分のイメージの具体化なんだ。戦うかどうかなんて問題じゃない」
  そう言って彼はアゴを上げ、わざと超然と見下す風を装った。マヤの顔が見る見るうちに
 紅潮し、唇をキッと結んだ悔しそうな表情へと変わる。
  やったぞ、これで乗ってくる。―彼は手ごたえを感じた。
  「わかりました、確かにあなたの言う通りだと思います。
  自分がどういうセプタ―を目指すのかは、まだぜんぜん白紙です。でも…とにかくブックを
 組んで、そこから考えてみることにします」
  どうやら、弟子は師の言い分を受け入れたらしい。これで何とか次の話に進めそうだ。
  「俺の言うことが飲み込めたか。だったら歩きながらでもいい、手持ちカードの組み合わせ
 を考えてみろ。
  さっきも言ったが昨日の組み合わせはなかなか良かったな。風の妖精、黒魔犬、道具(アイ
 テム)に盾とクレイモア、呪文にシャッター。
  この五枚のようなバランスのいい組み合わせをあと二、三組考えて、そこに道具か呪文の
 カードを数枚足せ。そうすれば、全部で二十枚近いブックになるはずだ。
  ブックが組めたら俺に見せろ、チェックしてやる」
  細かくアドバイスする一方で、ゼネスはしかし、マヤの手元を注視することを忘れなかった。
  昨日、彼女はかなりの枚数―およそ二、三百枚は超えている―のカードを持っているように
 見えた。が、しかし、これまでに観察してきた限りでは、彼女がいつもどこにカードをしまって
 いるのか皆目見当がつかないのだ。
  カバンの中には炊事道具や身の回りの品しか見当たらないし、上着やズボンのポケット
 も全て空っぽに見える。
  彼女はいったいどこにあれほどの量のカードを隠し持っているのかと、その点についても、
 彼はこれまで不思議でならなかったのだった。

  密かにゼネスがうかがっているとも知らず、マヤは歩きながらしばらく空を見つめ、カード
 の組み合わせを考えているようだった。
  そうして、やがて両手の平を胸の前で広げた。すると、そこにカードの束が現れた。
  「!!―お前!」
  ゼネスはこれまでで一番驚いた。マヤは、カードをどこからも取り出さなかった。
  ただ手の平を広げると、そこにいきなりカードが出現した。こんな出来事は前代未聞だ。
  彼女もまたビックリしたように顔を向けた。ゼネスが急に大声を出して立ち止まったからだ。
 そして、師が自分の手の平の上を見つめたまま絶句している事に気づくと、心配そうな顔を
 して訊いてきた。
  「あの…、この組み合わせじゃいけないんですか」
  それでもしばらくの間は声を出せなかったぜネスだが、我に返るとマヤのすぐ前に寄った。
  「そういう事を言ってるんじゃない。お前は今、何処からカードを出したんだ?」
  彼女を恐れさせないよう、彼はできるだけ穏やかな調子で質(ただ)した。
  「何処って…、カードを使いたいと思えばいつでも出てくるでしょう」
  いぶかしげな顔をしている。何が問題なのか、よく判(わか)っていないようだ。
  「いつ、そうやって宙からカードを取り出せるようになった」
  ゼネスはさらに慎重に問いを重ねた。マヤは怪しむだろうが、もう仕方がない。どれほど
 惜しくとも、こうなったら彼女の「秘密」を彼女自身に知らせるしかなさそうだ。
  「―初めてカードを持ったときからずっとですけど。あの…何か変なところでもあるん
 ですか、私に」
  どうやら自分におかしなところがあるのかと、彼女も心細くなってきたようだ。回りくどい
 言い方は返って混乱するだろうと思い、ゼネスは今の現象をしっかりと確認する事にした。
  「そう困った顔をするな。ほかのセプターには、今お前がしたようなカードの出し方はでき
 ないんだ。
  もう一度、いつものようにカードをしまってから取り出してみろ。俺は別に怒っているわけ
 じゃない、ただ確かめたいだけだ」
  師に促され、マヤは手の平の上のカードに視線を落とした。ゼネスもまた、その場所に目を
 凝らす。何一つ見逃さないとの固い意思を込めて。
  そしてすぐに、カードは消えた。"力"を「変換」するときのように、宙に溶け崩れて見えなく
 なった。
  『消えた…確かに消えた』
  息をすることも忘れて見入るぜネスの耳に、マヤの声が聞こえた。
  「カードを出します」
  今度は、先刻とは逆に、手のひらの上で宙空からカードの形が滲(にじ)み出て来た。それは
 やはり、"力"が去ってカードが再び姿を顕(あらわ)す時の様子に似ていた。
  ゼネスは大きく息をついた。
  「お前には驚かされる事ばかりだ」
  「やっぱり変なんですか」
  マヤは必死の面持ちで、食い入るように彼の顔を見つめている。師の表情の意味を、なんと
 してでも読み取りたいのだろう。彼女があまりにも真剣なので、ゼネスもかえって面映ゆくなる
 ぐらいだった。
  「なんと説明したらいいのか、実は俺にもよく判らんのだが…。しかし事実は事実だ、できる
 限りハッキリ言うことにする。
  昨日から見ていて、お前には他のセプターには無い特別な能力が幾つもある事がわかった。
 例えば、今やったようにカードを宙に出し入れするなど、俺も含めて他の奴には考えもつかん事だ」
  彼は、マヤの表情を確かめながら言葉を選んだ。自分が特別な者だと告げられて、果たして
 彼女はどのような思いでいるのか。あまり喜びそうにない事だけは確かだが。
  「その他にも、呪文による攻撃が効かなかったり、クリーチャーの特殊能力が発動しなかったり
 もした。俺はこれまでに、ずいぶん多くのセプターとの戦いを経験してきたが、こんな事は全く
 初めてだ。
  これはもう、お前自身が特殊なセプターだと考えるより他に、どうにもつじつまが合わない」
  彼がそのように語るのを、少女は黙ったままじっと聞いていた。
  彼女は沈んだ、悲しげな顔をしている。その様子を見て、彼はふと気づいた。
  特殊だという事は、孤独だという事でもある。マヤはきっと今、その孤独を噛み締めている。
  孤独。それはゼネスもまた同じだった。次元の漂流者として彼もこれまでずっと、長い孤独な
 時間を過ごしてきた。
  今、この荒地の上に特殊で孤独な者が二人、向かい合って立っているのだった。

  「なんだ、シケたツラだな。そんなにしょげてどうする、しっかりしろ」
  ややあって、師は弟子を励ますように声をかけた。しかし弟子の方は唇を引き結んだまま地面を
 睨みつけるだけで、一言もしゃべろうとはしない。
  「自分に特別なセプター能力があることがそんなにイヤか。贅沢な奴だな、他のセプターどもが
 聞いたらさぞかしやっかんで怒るぞ。
  もっと頭を上げて自信を持ったらどうだ、お前の能力は存分に誇るべきものだ」
  昨日感じた疑念はさて置き、ゼネスは重ねて励ましたつもりだった。
  ところが、顔を上げた彼女は怒りの表情に満ちている。厳しい視線で彼を見返してくる。
  「なんて人の悪い、昨日からわかってた事なら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか。
  だって…私が特別だというなら、あなたに勝てたのはズルしたからってことになるんですよ。
 他のセプターだって、きっとそう思う。
  誇るだなんてとんでもない、私だけが特別だなんてフェアじゃない、ただ恥ずかしいだけです」
  『そんなことを考えていたのか…』
  またしても不機嫌になってしまった少女の顔を見ながら、しかしゼネスはむしろ痛快を感じた。
  昨日彼女に敗れた際にはなんとも割り切れない不満の感覚が残ったものだったが、今の言葉で
 それはきれいさっぱりと吹っ切れた。
  自らの特殊な能力を誇るどころか、公正さに欠けて恥だとまで言う。
   その気持ちは、彼にもわかる気がする。もし彼女と同じ能力を授かるチャンスがあったとしても、
  『俺もきっと、そんなものは要らないと言うだろうからな』
  ゼネスだけではない、真に優れたセプターであれば思いはみな同じだろう。
    ――自分の力を尽くし、知恵を尽くして戦う事――
  願う目標は、一つなのだ。
  ただ、だからといってマヤの特別な能力が、彼女の言うようにまるきり"ズルい"とも彼には
 考えられなかった。
  「まあ、そう怒るな、お前の言い分はもっともだ。確かに俺も昨日は訳がわからなくて、とても
 割り切れない気分だった。
  しかし考えてもみろ、その特別な力はお前の個性の一部なんじゃないのか。恥じたところで、
 かくあるものは仕方がない。それよりも、自分の能力の使い方を考えたほうが前向きだろうと、
 俺は思う。
  少なくとも精神面では、お前は優れたセプターだ。その事は確かに誇っていい」 
  これは励ましだけではなく、ゼネスの実感だった。最初こそ異常な能力への興味と期待に駆ら
 れて傍に置く気になったのだが、今ではマヤのセプターとしての資質のほうにも、負けず劣らず
 関心がある。
  彼女が自身の「個性」をどう生かすのか、どんなセプターになろうというのか。
  『戦う事はイヤだ』と言うならそれもいい、とさえ思うぐらいだ。
  「とにかく、お前みたいなセプターは他に一人もいないんだ。カードや"力"の謎を解くきっかけ
 になるかも知れないんだし、せっかくの能力を否定するのはもったいないとは思わんか」
  師の言葉に、マヤはまたしばらくの間アゴに手をあてて考えにふけっていた。
  が、やがて、
  「自分の能力(ちから)の使い方を考える―、確かにそうですよね。
  ……だったら!」
  彼女はカードを一枚取り上げ、掲げた。たちまち現れるまばゆい輝き、その中から一枚の円盤状
 のものを引っ張り出した。
  小盾に似て見えるが、金属製ではない。水晶を削り出したように半透明で、雲母を思わせる淡い
 きらめきを帯びている。
  「"マジックシールド"じゃないか、そんなものを出して何をするつもりだ」 
  その行為の目的がわからず、ゼネスはただ尋ねるしかなかった。
  「マジックシールド」は、呪文による攻撃を打ち消せる特別の盾だ。これで彼女は何を始めようと
 いうのか。
  「昨日みたいに呪文を撃ってください、私に向かって。これで受けてみますから」
  一瞬、彼女の言葉の意味が飲み込めなかったぜネスだったが、すぐに気づくと大いに慌てた。
  「おい、馬鹿も休み休み言え。マジックボルトやイビルブラストをお前に向かって撃てと言うのか、
  もし当たったら命にかかわるんだぞ、何でそんなことをする必要がある?」
  だが、マヤは胸の前にしっかりと盾を抱えたまま言う。
  「昨日あなたが呪文で攻撃してきた時には、『痛そうだな』と思ったら逸れちゃったし、『切るんだ!』
 と念じたら剣で切れました。
  だったら、『ちゃんと受けるんだ』と念じればそのまま受けられるんじゃないかと思うんです。
  だからお願いです、撃ってみてください」
  一応理屈は通っているようだが、だからといってゼネスもおいそれと従うわけには行かない。
  「どんな理由で能力が使えるのか、まだ根拠もわからんうちから制御しようというのか。そんな事、
 とてもできるとは思えんな。
  それでもやるというなら、昨日と同じく風の妖精を立てれば済むことだろう。何もおまえ自身が
 受けなくても―」
  しかし師の言葉をさえぎって、弟子はさらに強い口調になる。
  「身代わりなんか立てるよりも、自分の体で感じて身に染むようにしないと、本当のことなんて
 何一つわからないんじゃないですか。
  私自身の能力を測るんです。私自身がギリギリまで追い詰められなくっちゃ、とても見極められ
 ないと思います」
  俺の負けだ―とゼネスは感じた。今のマヤに反論したり説得する事など、とてもできそうに無い。
 彼女の言い分は、それほど鮮やかにも厳しい。せめてはその厳しさに見合うだけの正確さを持って、
 盾の中心を狙うしかないだろう。彼は、そう覚悟を決めた。
  「わかった、もう何も言うまい、シールドの中心を撃ってやる。ただし絶対に受けそこなうなよ、体に
 穴が空くだけじゃ済まんぞ」
  「はい、よろしくお願いします」
  師と弟子とは互いに十数歩離れ、そして向き合った。

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