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     第3話 「呪文」 (2)


  すぐさま、灰色の濃いモヤが視界を押し包む。距離感が失せ、上下や左右の目印になるもの
 など何も無い。自慢の竜眼をもってしても、この雨雲の中ではマヤの駆る飛竜はおろか、その
 手掛かりさえ見出すことはできない。
  おまけに吹きすさぶ強い風に揉まれ、天馬ごとあらぬ方へと押し流されそうにもなる。しかし
 それでも彼は、風に耐えて雲の中をしゃにむに上方へと突き進んだ。
  マヤはきっとこの上にいる、迷ったりなどしていないはずだ。そう、彼は信じた。
  ―と、急に視界が開けた。青い空が広がり、太陽の強い光が白く輝いている。雨雲を抜けたのだ。
  薄く冷たい大気の中、ゼネスは天馬を止め、気急(ぜ)わしく周囲を見回して目を凝らした。
  が、何も無い。影一つ無い。青い空、果てしもなく広がる空間、そのどこにも金色の竜の姿は
 見えない。彼一人だけがぽつねんと取り残され、辺りはただ光に満ち、風の音が響くだけだ。
  青く澄み渡る、誰もいない場所。
  全てを隈(くま)なく照らし出す陽(ひ)の明るさに炒られ、彼の体の内側がヒリヒリと痛む。
  そして光と風を振り切るようにもう一度見回した、その時。
  『…を、…たい』
  "声"が聞こえた。突然、頭の中に響いた。
  それは耳から入ってきたのではなかった。音の波動が直接、頭蓋の内に現れ出た。―としか
 思えない、そういう"声"だった。
  「何だ?」
  天馬の足を止めたまま、彼はその"声"の元を探ろうとした。じっと目をつぶり、先ほどの
 "声"の響きを思い出す。ふと気づくと、なにやら懐が暖かい。そこに忍ばせたカードが熱を
 帯び、かすかに震えているのだ。
  不思議に思いながらも、目を閉じたまま直感的にカードの震えに集中し、少しずつ体を動か
 してみる。すると、わずかだが震えの高まる方角があった。
  ゼネスはそちらへと向き直り、目を開けた。
  開いた視線の遥か彼方に、光を跳ね返す金色の点が一つ、小さく浮かんで見えた。

  飛竜の姿を確認し、彼は体中でホッと息をついた。だがこれまでの不安と入れ替わるように、
 今度は猛烈な怒りが胸中に湧き上がってくる。天馬が高くいななき、飛び出した。
  黒い翼を大きく広げて力強く羽ばたきながら、ゼネスの天馬は飛び切りの速さで宙を駆けた。
  静止した飛竜の姿が次第に近づき、頭が向こうを向いているのが見えてくる。マヤの背中も
 見えてくる。―その時、
  『世界を、見たい』
  再び"声"が聞こえた。
  やはり、頭の中に直接ささやきかけるような響き。だが今は、もっとはっきりと聞こえた。
  まぎれもなくそれは、マヤの声だった。
  「そんな、バカな…どうして…」
  彼の頭は混乱しそうになった。声など聞こえるはずがない、彼女の姿はようやく見えてきた
 ばかりで、まだ大声で呼んでも届くかどうかという距離なのだ。
  「何なんだ、一体」
  わけがわからぬまま、それでもゼネスは天馬を駆けさせた。冷たい大気を切り裂いて、走る。
 飛竜が、マヤが、ぐんぐんと近づく。いつの間にか懐のカードの熱と震えは静まっていたが、
 彼はそんな事はとうに忘れてしまっていた。
  やがて、ついに天馬は飛竜に追いついた。と同時に、
  「このバカやろう!!」
  師は弟子に思い切りカミナリを落とした。
  マヤがゆっくりと振り向く。別段、驚いた様子でもない。
  「何してる!どういう了見だ!!」
  表情にも声音にも怒りを漲らせて、彼は少女の顔を睨(ね)めつけた。これが地上にいるの
 であれば、とうに張り倒しているところだ。
  「雨が…雲からどんなふうに落ちてくるのか見たいなと思って…。そうしたら、いつの間に
 かここに来ちゃってて…」
  そんな馬鹿げた事を言いながらも、マヤの眼はゼネスの顔を映してはいない。そこに映って
 いるのは、遠い空と雲の間(あわい)、それと太陽の白い光だ。
  『世界を、見たい』
  先刻の声が脳裏によみがえり、彼はあらためて周囲を見回した。
  天馬と飛竜の足下に海のように広がる、灰色の雲の固まり。上空には、打って変わって透明
 な青い空と、さらに高い場所に掛かる白いうす雲、そして、強い陽射しの輝き。いずれも、地上
 では望めない光景には違いない。
  だが今のゼネスにとっては、それら全てが不快の元だった。彼は実際には、得体の知れない
 妬(ねた)ましさでいっぱいだったのだが、自分ではそうとは認めていなかった。
  ただ、弟子がもの珍しい風景にうかうかと気を取られている。その事こそが、大いに気に
 入らないのだと思っていた。
  「興味本位で勝手なことをするんじゃない!―とにかく降りるぞ、今度こそちゃんとついて
 来いよ!」
  彼は天馬の首を返し、翼を広げた。しかし、
  「待って」
  急にマヤに呼び止められた。振り向くと、彼女はとても困ったような恥じらいの表情を浮かべ、
  耳の辺りまでうす紅く染めている。
  「何だ」
  ゼネスはわざとうるさそうに応えた。
  「あの…」
  遠慮がちに、弟子は尋ねた。
  「降りる時には、どんな飛び方をしたらいいんでしょう?」


  天馬と飛竜とは、相前後して各々の翼をいっぱいに広げ、風をはらみ溜めながら徐々に高度
 を下げていた。
  飛行は、上昇よりも下降の方がずっと難しい。まず"浮遊"を切らねばならないし、その後は
 ほんの少し翼や体の傾きを誤まっただけで、たちまち失速して頭部が下がり、墜落の危機に
 見舞われる。
  そんな時には落ち着いて体勢を立て直すか、再び"浮遊"を使うかすれば良いのだが、慣れ
 ないうちはパニックに陥(おちい)って事態を悪化させがちだ。
  充分な知識と経験とを積み重ねてはじめて、何事にもうろたえない強い精神を獲得する事が
 できる。
  ゼネスも常ならば翼をすぼめて一気に降下するところを、マヤのために、時間はかかっても
 安定した姿勢で降りる手本を見せていた。初心者に必要なのは、何を置いても先ずは基本の
 習得、そしてその繰り返しなのである。
  だが、ちょうど雨雲の中を抜けている最中でもあり視界は悪い。濃い灰色のモヤが見えるば
 かりで、雲を抜けた先に森があるかどうかなど、およそ見当もつかない。おまけに、全身しっ
 とりと濡れてしまった。
  「まったく、降り方もわからないド素人がよくも平気であんな雲の上まで昇ったものだ。
  俺が見つけてやったからいいようなものの、はぐれたままだったらどうするつもりだったんだ。
 向こう見ずにもほどがあるぞ!」
  飛竜の姿勢が安定したのを見計らってから、ゼネスは弟子に小言を言い始めた。マヤはしか
 し神妙な顔をして、黙って後ろをついてきている。
  「余計な時間を食って、ずいぶんと風にも流された。この雲の下がまた荒地に戻っていない
 事をせいぜい祈るんだな」
  そうは言ったが本当のところ、ゼネスは竜眼のおかげで地磁気を感じ取る事ができた。雲の
 上でも中でも、方角ぐらいならわかる。この雲の下はすでに森林地帯だろう―そう踏んでいた。
  彼がマヤに文句をつけるのは、彼女が彼を驚かせたからだった。
  飛び方を教えたとたん、勝手に空の高みへと昇ってしまう。そんな思いも寄らない事をしでか
 して、彼を不安に陥(おとしい)れた。何よりもそれが、彼にとって腹立たしかった。
  そのマヤは降下を始めてからずっと無表情で、飛竜ともども一言も発していない。それだけ
 降下に集中しているのか、それとも雨雲の中で「雨の始まりの様子」を観察しているのか…。
  「こいつ、何を考えているのやら」
  ゼネスには、この弟子が急に得体の知れない者に成り代わってしまったように思われ、どう
 にも気分が落ち着かなかった。風の音に耳をそばだて、時おり振り向いて後ろを確かめずには
 いられない。
  だが、マヤの無表情はあい変わらずで、飛竜の降下姿勢も全く危なげなかった。このまま雲
 を抜けさえすれば、すぐさま着陸の用意に移れそうではある。
  と思ううち、不意に足の下に濃い緑が広がった。雨雲を抜け、森の上に出たのだ。
  そぼ降る雨の中、ゼネスは眼の下を見渡して飛竜が着地できそうな場所を探した。天馬なら
 ばともかく、図体の大きな飛竜を木々の込み合った場所に降ろすのは危険なのだ。
  彼の始めの算段では、荒地から森に入る辺りを目標に降りるつもりだった。
  しかしマヤの突飛な行動のおかげで、今はだいぶ森の奥まで来てしまっている。新たな目標
 が見つからなければ、最悪、荒地との境まで引き返すしかない。
  だが幸い、それほど離れていない場所に緑の切れ間を見つけた。ぽっかりと丸く白っぽい、
 水面のようなスペースが見える。どうやら池か湖らしい。『あそこへ降りよう』彼はそう決めた。
  「降りるぞ、俺がやる通りにしろ」
  後ろを振り向き、彼は弟子に声をかけた。「はい」と応えるマヤの声が聞こえ、うなづく顔が
 見える。
  ゼネスは天馬のからだを右下がりに傾け、旋回を始めた。目標地点を視界の端に置き、そこ
 を中心に、ゆったりと大きく円を描く。回り込みながら、少しずつスピードを削(そ)いでゆく。
  世界が斜めに見える。ぐんぐんと緑が盛り上がり、迫る。自分が降りてゆくというよりも、
 膨張する森に吸い寄せられるかのようだ。ひしめき合う木々の頂きが、川となって流れてゆく。
  後ろを確認すると、マヤの飛竜も同じようにして降り始めていた。
  彼女の顔つきからは慎重さがうかがえたが、飛竜を操る手並みそのものは、ゼネスが見ても
 文句のつけようがないほどしっかりしている。からだも翼も全くブレることなく、風を切って
 優美な弧(こ)を描いてゆく。
  ほんのわずかな間に、飛行術をかなりのレヴェルまでマスターしたようだ。彼も弟子のこう
 した点については、素直に感心せずにはいられない。
  そして天馬と飛竜は今や、森の木々の天辺すれすれまで降りてきていた。目標は、浅い湖。
 その汀(みぎわ)の線に沿うように回りながら、さらに高度を下げて岸辺を目指す。
  まず、黒い天馬が四つ脚をそろえて静かに浅瀬に降り立った。
  続いて、金色の飛竜が降下して着水を試みる。天馬から下乗したゼネスが見守る中、胸部を
 斜めに立て、指を開いた二本の脚を精いっぱい前に突き出しながら、竜はあともう少しで水面
 に触れようとしていた。が、
  「あっ!!」
  叫ぶマヤの声と共に飛竜が急に落下し、水面にしたたかに腹を打ち付けた。大きな水音がし
 て大量の水が跳ね散らかる。飛竜とマヤには何事もなかったが、すぐそばで見ていたゼネスは、
 天馬もろとも頭からずぶ濡れにされた。
  「貴様、ここまで順調に来ておいて最後に何だ、ツメが甘いぞ!」
  またも師に叱られ、
  「すみませんでした…」
  彼女は飛竜の背の上で、ひたすら小さくなっていた。

  それぞれのクリーチャーをカードに戻し、二人は注意深く辺りを見回した。
  雨は降り続いている。周囲の森はシンと静まり返り、湖の水面に雨滴の落ちる音ばかりが響く。
  深い森の中だった。暗い緑色の葉をつけた森の木々、その下には低木のヤブが茂って行く手を
 阻んでいる。だが、湖から細い道が一本、森の奥へと続いていた。そこには、人の足が踏んで
 固めた跡がある。
  どうやらこれは、森の幸を得るためにつけられた道のようだ。近隣には人里があるのだろうか
 …と、ゼネスは考えた。
  ずっと南の方角へと進んできたせいか、この場所の寒気はさほどでもない。だが、雨の中を
 飛んだあげくに全身ずぶ濡れにされて、彼はかなり閉口していた。森の木の下に入り、小道を
 歩き始めると雨の方はややマシにはなった。だが濡れた衣服の不快な感触が、いかにも気分を
 滅入らせてくれる。
  マヤもからだが冷える程度には濡れていると見え、両腕を組んでわが身を抱きしめながら歩
 いていた。
  早く火を焚ける場所を見つけたいと、師も弟子も周囲を見回しながら細道の上を進む。
  しばらく歩くうち、道沿いに一軒の小屋があるのが見えてきた。やれありがたいと二人とも
 急いで近づき、中の様子をうかがう。森仕事をする者が夜を明かすための小屋のようだが、今
 は人気(ひとけ)がない。
  戸を開けると、一間だけのこじんまりした作りだった。部屋の奥には小さい暖炉があり、藁
 (ワラ)束の上に布を掛けただけの簡単なベッドも用意されている。暖を取って休むには十分だ。
  その上、隅々まで手入れが行き届いてこざっぱりとしていた。小屋はいずれ近くの村人達の
 持ち物なのだろうが、急場しのぎに使わせてもらう事にした。
  ゼネスもマヤも靴底のドロをよく落とし、服についた滴やほこりを払ってから小屋の中へと
 入った。
  「薪は無いみたい」
  小屋の外を窺(うかが)ってから入ったマヤが、がっかりした様子で言う。
  だがゼネスは、
  「そんなものは要らん」
  と言ってすぐさま奥の暖炉の前へ進み、炉の中に向け右手のひらを広げてかざした。そして、
 なにやらブツブツと低い声でつぶやく。
  ―すると、かざした手のひらの辺りがゆらゆらと揺らめき始めた。これは手に異変が起きた
 わけではない、手のひらのすぐ先の空間に"ゆがみ"が生じたのだ。
  何もないはずの空間そのものがひずんでゆがみ、ねじれてゆく。そのために、ゆがみのすぐ
 そばにある手のひらまでもが揺らめいて映るのだ。
  ゼネスの視線が、不思議なゆがみにじっと注がれる。やがてそれは、揺れながら布を絞った
 ような渦を巻いた。その渦の中心、いや正確には中心の"向こう側"に、光り輝く空間のような
 何かが開かれてゆくのが見えてくる。
  「それは、何?」
  マヤが渦の中心を覗(のぞ)こうとして、近々と顔を差し寄せた。
  しかしゼネスはすかさず空いている左手で、彼女の額をパチンとはじく。
  「顔を引っ込めろ、今唱えたのは炎を出す呪文だ、ヤケドするぞ」
  だが彼がそう言った途端に渦巻きは閉じ、ゆがみも消えてしまった。手のひらだけが虚しく
 広げられている。
  「見ろ、お前が余計なことをするから気が散った。呪文はカードを使うのとはワケが違うん
 だぞ、ちゃんと集中させてくれ」
  弟子は肩をすぼめたが、それは師のジャマになったからではなく、興味深い見物(みもの)を
 逃した残念さゆえだとゼネスは見抜いていた。
  彼女の好奇心に応える気はさらさら無いが、今はしかし炎の熱が欲しい。彼はため息をつき
 たい気分でもう一度呪文を唱えた。
  再びの呪文に応じ、右手のひらの先にまた渦巻きが生まれる。渦の中心の向こうに、輝きが
 覗かれるのも同じだ。
  マヤは今度は、注意深く顔を離して見ている。興味しんしんという表情を、隠そうともしない。
  その弟子の顔の位置をチラリと確認した後、ゼネスは集中力を高めた。炎の熱と光を、強く
 はっきりと脳裏に思い浮かべる。
  すると渦巻きの中心が一瞬、開くように広がった。そこから赤味がかった光が勢いよくほと
 ばしり出て、暖炉の中に散乱する。赤い光はすぐにまとまって炎と化し、小屋の中を明るく照らし
 出しながら盛んに燃えはじめた。
  呪文から生まれた炎は、大きさこそ大人の握りこぶしほどながら、たいそう熱くて明るい。
 うす暗かった部屋の中が、たちまち夏の日差しのような強い光に満たされる。
  「すごいなあ…、これが呪文の力なんだ…」
  呪文で"力"を呼び出すのを見るのは初めてなのだろう。マヤは眼を大きく見開いて炎を見つめ、
 すっかり感心したようにため息をついた。
  「ふん、こんなのは序の口だ。
  俺はしばらく外にいる、さっさと服を脱いで乾かせ」
  そう告げるとゼネスは足早で戸口に戻り、取っ手に手を掛けた。
  「え?!私は後でいいんですよ、ゼネスこそ先に…」
  慌てたように追いかけてくる声を聞き流し、彼はそのまま外に出ると後ろ手に戸を閉めてしまう。
 そしてすぐさま閉めた戸にしっかりと体重をかけて寄りかかり、小屋の中に向かって言った。
  「女のからだを冷えたままにしておくんじゃない、服が乾いたら呼べ」
  その後何度か戸を内側から叩いて「開けて」と頼む声がしたが、彼は取り合わなかった。
 マヤもじきにあきらめたようで、戸の向こう側は静かになる。
  ころあいを見て、彼は戸から離れ、周囲を包む森の木の一本に近づいた。まだ細い雨は続い
 ている。木の下に立つと時おり、葉が雨を集めた滴が落ちてくる。森の中の音に耳を澄ませて
 みるが、雨と滴の音の他は何も聞こえてはこない。
  『やれやれ、異性の弟子などという者はやはり厄介だ』
  胸の内で、ゼネスはつぶやく。彼が戸から離れたのは、常人よりも鋭い聴力が、部屋の中で
 少女が衣服を脱ぐ音を聞きつけてしまわないためだった。
  『余計な気を使わせるなと言ったが、結局気を使うのは俺の方じゃないか』
  "放浪の術師は異性の弟子を取らない"―魔術師たちのこの不文律には、やはり相応の意味
 があるものだと実感する。
  だが、厄介だとは思いつつも、彼は決して後悔しているわけではない。
  「目的を果たすまでの事だ。またあちこちの世界で戦えるようになりさえすれば、こんな気を
 使ったり心配したりする生活なぞ終いなんだ…」
  そう自分に言い聞かせながら、彼は別れの日のことを考えてみる。木の葉からしたたる滴の
 音が、遠去かる。
  ―その時、彼女は泣くのだろうか。

  「ゼネス!」
  急に呼びかけられて、彼はハッと気がついた。めずらしくしばらくぼんやりと過ごしていた
 らしい。いつしか雨の音は止み、梢(こずえ)の間に雲の切れ間が見え始めている。
  「もう中に入ってください、あ、雨上がったんですね」
  すっかり乾いた服を着込み、マヤは外に出ると空を仰いだ。両手に、持ち手のついた大小の
 木桶(おけ)を下げている。
  「湖に戻って水を汲んできますね。その間に暖まっててください」
  そう言って、細道をトコトコと後戻りしていった。ゼネスも急いで小屋の中へと向かった。

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